单车环冲绳5天四夜380公里 サイクリング380キロ沖縄一周の旅4泊5日

Pez38 2019-06-21 17:29:11

2018年11月,辞职后短暂休息的我在豆瓣上发了找骑友环冲绳的帖子,然后有一位豆友响应,准备了行李,把住宿订好,我们就上路了。

平成30年11月、仕事を辞めて暫くリフレッシュをしたい僕がネットで沖縄一周をサイクリングする仲間の募集を掲載した。ちょうど、一人のネット友が沖縄に住んでいて、一緒に行くことになった。荷物を片付けて、宿泊の予約を入れて、直ぐに旅立った。

11月的冲绳秋高气爽,雨水少,正是骑车的最好季节,也因此每年的11月份,在这里也都会举办Tour De Okinawa,环冲绳比赛。

11月の沖縄はからっとした秋で、雨もあまり降らず、サイクリングのベストシーズンなので、毎年のツール・ド・おきなわもこの時期に合わせて行われている。

我和豆友自然是业余,所以没有去参加比赛,只是按照My Pace轻装上阵了 。

僕と友達は素人なので、イベントには行けず、マイペースで始めた。

这是我们环冲绳的主要路线 

今回沖縄一周のコース

Day 1

那霸--美国村--嘉手纳基地--恩纳村 35KM

那覇ーアメリカンビレッジー嘉手納基地ー恩納村 35キロ

这次要先感谢冲绳轮业,给了我们很多线路的建议。大家下次来冲绳的话也可以找他们家租自行车哦。

今回は沖縄輪業さんから色々アドバイスをいただきました。沖縄に来られたら、ぜひご活用ください。

下午4点钟,我们一路向北,出了那霸市,进入浦添市,车子慢慢减少,道路更好跑了,大桥大海铺在眼前,感觉是个好的开始!

午後4時、北に向かって、那覇を出ると浦添市に入った。車がだいぶ減って、道も走りやすくなってきて、海を横渡っている大橋が見えて、いいスタートだよねと思っていた。

此行陪伴我的好基友!遇到一个合拍的旅伴,真的超重要!我负责线路,他负责记录。

相性がいい仲間がいてくれることが大事!僕がナビゲーター担当で、彼がレコーダー担当だった。

不过就在我们得意忘形刷地向桥下的大坡冲去的时候。突然“BUNG!”地一声响,我的铁马越来越沉重。原来我的后轮罢工了!真是出师未捷。。。因为前年环台湾都没有遇到爆胎什么的,我就把修胎工具和备胎都放家里了,想说冲绳这么小case。。。可是这会儿前不着村,后不挨店的。最近的down town是美国村,还有8公里。于是好基友陪着我推着小车车走到了美国村。。。

だが、調子に乗って、大きい坂をするっと降りている所で、バーンっという音がして、ちゃりがどんどん重くなってきた!後ろのタイヤがパンクしちゃった!!もう、出鼻をくじかれたぁ~!一昨年台湾を廻った時に何もなく無事走れたため、修理用ツールと予備などを今回全部家に置いてしまった…沖縄小っちゃいと思ったら…今一番近いダウンタウンはアメリカンビレッジーだけど、それでもまだ8キロぐらいある。しようがなく、友達も一緒にちゃりを押して歩いていくことにしてくれた。

毕竟它陪我跑过浙江跑过安徽跑过上海和台湾,那也差不多要退休了。

この子は自分と浙江省、安徽省、上海と台湾を全部一緒に走っていたし、そろそろ退役させないと…

走到美国村的时候已经8点钟了。万幸的是,车行还开着。而且我也庆幸得亏刚开始还在城镇就爆胎,要是后几天在山里面爆胎就真是太恐怖了。

アメリカンビレッジーに着いたのは夜8時。幸いなことに、自転車屋はまだ開いていた。それに、今パンクしても、まだ救えるけど、この先やんばるでパンクすると大変なことになると思ったら、少し落ち着いた。

把车子交给车行空隙跟好基友又来看美国村的摩天轮,这个对我有特殊意义的地方。

チャリを自転車屋さんに渡してある間、友達と観覧車を見に来た、僕にとって特別な意味のある観覧車。

30分钟后,车子修好了。内胎外胎全换。然后接着就往嘉手纳基地旁边的服务区去了。 

30分後、ちゃりが直った。タイヤとインナーチューブを全部変えた。続いて、嘉手納道の駅に向かった。

要来嘉手纳服务区的原因有两个,一是这里的jumbo burger很有名,一是来看看嘉手纳空军基地的飞机。这个汉堡真是比我的脸还大,然后就是很美国的味道。 

嘉手納道の駅に来たのは、話題のジャンボバーガーと米軍飛行場が見える展望デッキのためだった。流石に顔よりもデカいジャンボバーガーで、ザ・アメリカンの味がした。

但是因为一连串的意外,来到服务区的时候已经天黑了。远处的机场漆黑一片,啥也看不见。

予想外の展開で、ここに来た時既に真っ暗になっていた。。。なんも見えんやった…(笑)

然后这个地方是野国总管的故乡。据说他在400年前把番薯从福建引进了琉球,后来又传到了九州,这才解决了日本的饥荒。那个大航海时代带来了多少文明冲突,也拯救了多少人间悲剧。 

ここに野国 総管の像がある。400百年前に僕の実家の福建省から甘藷(薩摩芋)を持ってきて、琉球やがて九州に広げて多くの人々の命を助けたそうだ。その大航海時代で文明の衝突もありながら、人間悲劇を救えることもあったもの。

填饱肚子后,我们继续驱车到了恩纳村,今天要住的民宿ーNO'S ARROW。 

お腹にいっぱい詰めたら、また恩納村まで駆けだした。今日泊まるところはNO`S ARROWという民宿。

民宿老板是日本内地人,和我年龄差不多大,辞掉了内地的工作,来这里做过海洋娱乐,做过建筑行业,然后今年终于开了自己的民宿,买下来这里的旧房子,自己动手改造的。平时还会带客人去潜潜水,或是在民宿的酒吧里调调酒跟客人聊聊天。

オーナーが内地出身で、僕と同じぐらいの年と聞いた。内地の仕事を辞めて、ここにきてマリンレジャーも建設業も経験された。今はここの中古の建物を手に入れて、自分でリフォームして、民宿を始めた。普段もお客さんを連れてダイビングに行ったり、民宿のバーでお客さんと話したりされているらしい。

电视下面摆满了贝壳,透露着主人对大海的热爱 

テレビの下にオーナーの海への愛を感じる装飾も

简易又干净的厨房,真的蛮适合一群骑友来住几晚的,自己做菜喝酒,聊聊人生。

シンプルで清潔なキッチンは団体のライダーの自炊にもいい感じ。

最重要的还是卫生间,整洁舒适!

トイレは綺麗で何より

然后第一天晚上,在有惊无险中,点了蚊香我们就睡啦。

そして、初日は間一髪で何もなかった。蚊取り線香をつけて、寝よう!


Day2

恩納村ー読谷村ー恩納村(御菓子御殿)ー名護市許田ー国頭郡奥山原の里 105km

恩納村―読谷村―恩納村(御菓子御殿)―名護市許田―国頭郡奥山原の里 105キロ

第一天非常轻松地渡过了,可是第二天却是相当Tough的一天。这一天上午大约9点钟我们就出发了,先去往南走了一段回头路,主要是为了去看在读谷村的世界遗产座喜味城。

初日は楽々だったけど、二日目は相当厳しい一日だった。 朝9時に出発して、読谷の世界遺産の座喜味城を見るため、一旦南を遠回した。

冲绳是全日本世界遗产最多的县。其中和首里城一样被评选为世界遗产的城址还有座喜味城、中城、勝連城、今帰仁城。大约在宋代的时候,这座小小的岛凭借着与大陆和周边岛屿以及东南亚的贸易积累了资本,当时在小岛的各个聚落地头兴起(冲绳话叫做“按司”),这些“按司”为了贸易,居住及统治需要兴修大大小小的城堡。而冲绳的城堡,和日本内地的城堡结构有相似的地方,却又有很深的中国文化的影响,所以文化融合的痕迹在这里十分明显。彼时各地的按司相互吞并,逐渐形成了三个势力较强的按司鼎立,被称作琉球的“三山时代”。

沖縄は日本中で世界遺産がもっとも多い県である。その中で、首里城以外に世界遺産に登録されたお城は座喜味城、中城、勝連城と今帰仁城がある。およそ中国の宋の時代に、この辺の島々は大陸、東南アジア及び周辺の島国との貿易で資本を積んでいた。それと共に、島各地に地頭のような有力者が現れた、沖縄ではその人達を按司と呼んでいた。按司は居住と地方を統治するため、城を立てるブームを起こした。沖縄の城は大和と似ている部分もありながら、中国の影響も深く受けた。その時、按司達が戦い合って、一時的に三つの強い勢力に纏められて、それを「三山時代」と呼ばれている。

掩映在高大琉球松木下的城址

在1429年,中山王尚巴志统一了三山,琉球王朝的时代正式到来。而期间辅佐琉球国王打下江山的第一功臣就是读谷村座喜味城的按司“护佐丸”。因此护佐丸也被人们称作琉球第一英雄。座喜味城在战争前就经历过多次损毁,后来二战时期日军和美军也先后占领这里作为指挥中心等,到现在只剩下一部分石头墙。

1429年に中山王尚巴志が三山を統一して、正式に琉球王朝時代を開いた。その間、琉球王国の統一と発展に貢献できた琉球一の英雄は護佐丸という読谷村座喜味城の小按司だった。座喜味城は戦前から戦後を経て何回も壊されたとうい。日本軍とアメリカ軍もここに駐在したことがあって、今は一部の石壁しか残っていない。

从残垣断壁中仍然可以窥见当年的辉煌,并且石墙在岁月的洗礼下更透露出了时间的韵味

残っている石壁から当時の繁盛ぶりを垣間見える、時の流れで更に歴史の余韻を感じられる。

天气好的时候,这里光影在优美的石墙直线和曲线的映衬下,非常容易出大片。所以也有很多人千里迢迢来拍婚纱照。 

天気がいい時に、光と影は石垣の優美な直線と曲線に割られて、写真撮るのに最適。そこで、インバンド旅行で結婚撮影地としてもよく利用されている。

座喜味城更棒的是,可以在城址上远眺整个中部和东海。宝石蓝的大海,郁郁葱葱的树林! 

座喜味城の眺めは特に素晴らしい!沖縄中部の蒼蒼とした森と東シナ海が丸見え!

离开了座喜味城,我们就继续向北骑去恩纳村午饭准备在恩纳村的御菓子御殿解决。而且接下来还有90好几公里。要好好加油了!

座喜味城を出ると、また北に向かって恩納村に駆ける。御飯は恩納村の御菓子御殿にした。今日残りあと90キロ余り、がんばらなきゃ!

我们这次把本部町的半岛略过,直穿名护市到北部去。一是时间有限,二是本部町因为以前来水族馆的时候已经到付过很多遍了,所以我和基友都没有很大的兴趣。  

今回は本部半島を通り抜けて、そのまま名護に行くことにした。時間も限られているし、以前水族館を遊びに来るたびも何回かきたため、今回は略した。

可以看到今天的行程中间大半程都是比较轻松的,最可怕的是到了北部山里的那最后10多公里。  

今日のコースの大半は楽々に見えるけど、北部の山に着いたら最後の10キロがきつそう!

好在天气特别好,跑起来也心情舒畅  

でも、天気がよくて、走り心地よかった

山下的农场和远处的蓝色大海,看着特别有诗意  

下の農場と青々とした海を見ると、ロマンティックな情緒が漂ってくる

不久,我们骑到了约定好的饭点。御菓子御殿是发迹于读谷村的专做紫薯相关食品起家的。现在在冲绳有好几家分店,他们家的紫薯派估计是所有来冲绳的观光客都会买的东西,说它是冲绳的“白色恋人”也毫不为过。不过他们家那么多店里,我最爱的就是恩纳村的分店了。

暫く走ったら、目的地に着いた。御菓子御殿は読谷村発祥の紅芋関連食品で有名なお土産会社である。沖縄では何軒かチェン店を持っておる。お店の紅芋タルトは沖縄に来た殆どの観光客が絶対買うもので、北海道の「白い恋人」のような存在と言っても過言ではない。その中で、自分が一番好きなお店は恩納店だ。

充满琉球风格的建筑 琉球スタイルの建築

进门以后停好车,右拐,有一个店中店,Beach Terrace Cafe。我在之前的文章里也介绍过。10个冲绳小众旅行地

ゲートくぐり抜けて、右を曲がったら、ビーチ・テラス・カフェというレストランがある。

走进餐厅入口的那一刻,真的好震撼。远处的宝石蓝和阳光透过玻璃窗照进来!疲劳骤减一半!

レストランに入った瞬間、目の前の景色で感動された。遠くからエメラルドグリーンと陽射しが窓ガラスを透してくるのを見て、癒された。

除了室内,餐厅还有露天坐席。人均大约1500日币,主菜一道加自助沙拉吧。

室内テーブル席にテラス席もある。1500円ぐらいで、メインディッシュにサラダバーが付く。

 冲绳AGU猪腊肠和本地产蔬菜,还有海蓝色的饮料

沖縄県産アグーソーセージと県産野菜にオキナワンブルーのドリンク

紫薯芝士蛋糕 紅芋チーズケーキ

吃饱喝足以后,我们又快马加鞭赶往许田了。

食事を済ませてから、時間を稼いですんなりと許田に向かっていった

糊你一脸蓝天  青空を楽しんでやるぞ!

糊你一脸大海  青海も楽しんでやるぞ

还是蓝色!蓝色!你看腻了吗?✌('ω'✌ )三✌('ω')✌三( ✌'ω')✌

アオ!アオ!飽きた??✌('ω'✌ )三✌('ω')✌三( ✌'ω')✌

大约在午后4点钟左右,我们终于赶到了许田。表示,基友这次是第一次骑长途,而且他的小车车总是出状况,变速有问题之类的,然后他开始也不太懂怎么骑比较有效率,所以我们的总体速度全部放慢了一些。不过很好的就是,再累他也会跟上,没有一句怨言。一起休闲放松的时候也很开心。一路上充满正能量的队友,真的是旅行的最佳保障!

午後4時ぐらいやっと許田に着いた。実は、同行の友達が長距離を走るのが初めてだったし、自転車もそもそも不具合が多くて、シフティング機能とペダリング効率にもあまりわからなさそうで、全体的にペースが予定より遅れた。だけど、いくらハードでも、友達は文句一言もなかった。休憩するときもチャンと楽しんでくれて、とてもポジティブなツーリングパートナーだった

日本公路服务区在日语里叫做「道の駅」,在这些地方总是能买到很实惠有很有当地特色的东西 。

日本の道の駅で地元の特産品が面白くて安い、本当に素晴らしい存在だと思っている。

来许田最重要的原因是,很多年前就听说过许田的冲绳红豆冰有名!所以这也是来打卡一下。而且许田是冲绳高速公路最北端的出入口,过了许田就没有这么大这么热闹的服务区了。

何年か前許田の沖縄氷ぜんざいが有名だと聞いて、今回来てみた。しかも、許田が沖縄自動車道の北端で、ここを過ぎると、このような賑やかなサービスエリアがないから。

超级大碗的冲绳红豆冰,底部是红豆和糯米圆子,然后浇上冲绳黑糖,超级解乏!  

超大盛の沖縄ぜんざい、下に小豆と白玉団子たっぷり入って、沖縄黒糖をかけたら、体力回復にお勧め!

看大海,吃冰,发呆!几十公里的付出获得的奖励!

海を楽しみながら、氷ぜんざいを食べて、ぼうとする!何十キロの苦労のご褒美に!

许田短暂停留以后,我们继续向北走了。此时距离目的地还有60KM。以目前的前几速度来说不得不骑夜路了!而且是在山里骑夜路!这是原先计划里很不希望出现的,不过事已至此,也只顾风雨兼程了。一般来说,如果前进速度能控制在20公里每小时的话,就会比较舒适一些

許田でちょっと休憩を取って、直ぐに北上し続けた。目的地までは後60キロ。今のペースだと、夜道を取らないといけなくなっている。しかも、山原の中の夜道!!最初の計画では一番避けたいことなのに…しようがない、進むしかないから。もし、時速を20キロ以上に維持出来たら、この旅はだいぶ楽になると思うけど。

离开许田的时候已经5点多了,做好走夜路的准继续快马前行!

許田を出発した時すでに5時を超えた、夜道を走る覚悟して、スビートアップ!

然后不知不觉天就暗下来了,过了名护,往北经过大宜味村后路灯都很少,只听见海浪哗哗地拍上来还是很吓人的,这简直让我想起来环台湾的时候从大武骑行到知本的那段路。

あっという間に暗くなってきた。名護を超えて、大宜味村を通ったら、ライトも少なくなり、ばしゃばしゃとした波の音を聞くと、やはりちょっと怖かった。この感じ、台湾を一周廻った時、大武から知本まで走った夜道とそっくり!

经过3个小时的奋战,我们终于走到了山脚下,可是接下来还有10多公里的山路,我们订的住宿在山里。人生第一次夜里爬山路,路灯都没有的地方,只是天上的星星实在太美,一整条银河。好在是有好基友陪伴,不然我想自己一个人肯定不敢爬夜路。

3時間の激戦で、やっと山原の麓に来た。そこから10キロの山道が…!宿泊はやんばるにあるから。人生初めて、夜の山道を走った!電灯も全然ないし!ただ、空に輝いているミルキーウェイがひたすら美しい!友達がいてくれてよかった。そうじゃなければ、自分ひとりでどうしても夜道にのぼる勇気がないと思う。

可惜没有带相机,只能用手机最大限度拍出几颗亮亮的星星 

いいカメラがないため、携帯の限界で一番明るい星しか撮れなかった。

夜里的山路,真的很恐怖。各种野兽的叫声,风吹过树林的漱漱声。然后就在这一刻,我的车灯扫过一个庞然大物,之间那个东西动了一下,吓了我一大跳。但好奇心趋势我调转车头回去看看究竟。

夜の山道マジ怖い!知らない獣の鳴き声、風でさっさっさとした森の音。と思った途端、チャリのフロントライトの光がなんか生き物を照らしちゃった。好奇心でハンドルを切って、戻って来てみたら。

天哪!这也太幸运了吧!

あきじゃびよ!やったぜ!

我遇到了一只巨大的椰子蟹,足足有我脸一样大。超级可爱!看我蹲下来用灯照射他,他就对我张牙舞爪,特别威风!

僕の顔よりも巨大なヤシガニと会った!超かわいい!僕がしゃがんで、携帯の懐中電灯で照らすと、こいつが威風堂々に鎌を振ってきた!

照片看不出大小,不过实际跟我脸一样大

写真では大きさが分かりづらいけど、本当に僕の顔ほど大きかった

再后来路上好像还碾到了一条蛇,吓得我一边喊阿弥陀佛对不起,一边加紧向前骑。那时心里的信念就是我要快点到住处!!

その後も走り続けると、車輪がくにゅ~と何らか蛇のようなもの斬っちゃって、びっくりしながら阿弥陀と呼んで謝りながら、逃げちゃった。もう、兎に角、早く宿泊地に着きたい!

终于在10点多,我们抵达了今天的住宿,奥山原の里。老板娘说可担心我们到不了,都这么晚了还没有check in,看到我们的自行车的时候更是吓了一大跳。然后很快帮我安排了房间,就在河边的一幢独立小木屋!!

ようやく、10時過ぎ、僕らが今日の宿に辿り着いた、奥山原の里。女将さんがずっと心配してくれていた、遅い時間でちゃんとつくかなぁと。僕らのチャリをみたら、更にびっくりされた。そして、早くも部屋を案内してくれた。今日は川沿いのコテージを丸貸し切りだ!

炒鸡开心!!第一次住独栋小木屋是在泰国,第二次是在这里!超うれしい!

初めてコテージに泊まってのはタイだった、今回はここで二回目!

而且这里的小木屋内部配套也超级完善,干净又舒适!外观也是典型的琉球风格。

小屋の中もちゃんと整備されて、綺麗で居心地がよかった!外観は琉球風。

客厅和配套齐全的厨房

ダイニングキッチンが整備されている

卧室是宽敞的榻榻米房  広めの畳寝室

卫生间和浴室干净整洁地分离

バストイレ別で清潔感がある

浴室也很宽 浴室も広い

然后因为到的时间已经很晚了,洗漱完,我们就睡了。

着いた時とても遅かったので、シャワー浴びて、すぐ寝てしまった

瘫软在地 がたがた

第三天還有更加tough的行程在等著我們!!!高潮才剛剛開始。。。

三日目に更にターフな旅が待ってくれておる!!これからはピークだぞ。

                                    


DAY3 奥山原の里ー安田ー東村ー平安座 135KM

DAY3 奥山原の里―安田―東村―平安座島 135キロ

不知不中,天越发亮了。屋子外面传来悦耳的鸟鸣声。

知らないうちに、明るくなってきた。外から鳥の鳴き声が聞こえた。

各位小伙伴们早安呀!

おはよう~

让我再在山谷里多赖一会儿

もうちょっと寝坊させて!

我们的铁马也在一旁安睡着 

「鉄馬」達もまだ眠っている

出门来散散步,昨天夜里看不见的这个村庄,竟然如此安宁美丽。

部屋を出て散歩したら、夕べ見えなかったこの村は、こんなに静かで綺麗だ

夹岸数百步,芳草鲜美,落英缤纷,惊觉此乃桃花源

岸を挟んで歩き、延々とした木々、ひらひら散り花、此処は桃源郷だ!

清晨的山谷还是有点清冽,和队友在小卖部买了面包,吃好就上路了。

朝の谷はやはりちょっと肌寒い、友達と売店でパンを買って、旅を立った。

还没有睡饱。。。  まだ眠い…

原来我想的是,今天从北部绕到东部再往南反正都是下山,应该很轻松。但我真是严重误判了这段山路

今日は北部から東に行って、南に降りるから、どうぜ下り坂で楽だろうと思ったけど、間違えた!

大家看下面的图。前20公里是山里,连绵起伏的山路!!!我们下山又爬山下山又爬山。

次の図をご覧ください。最初の20キロは絶えのないアップダウン!!!でっこぼっこだ。

这个坡度爬完真的感觉屁股要废了!!

この高低差でお尻が壊されたぁ!

不过事已至此。我们只能风雨兼程了!(重复一边台词)

でも、進むしかない!

首先我们要去安田。因为安田有个农场,农场里有ヤンバルクイナ(山原水鸡)的观察设施,山原水鸡可是珍稀保护动物,据说栖息在冲绳北部的山原里,可是因为生性胆小,平时很难遇见。

まず、安田に行く。安田に農場があって、その中にヤンバルクイナの観察施設があるから。ヤンバルクイナは国の天然記念物で、絶滅危惧種である。山原に暮らしているけど、とても臆病なので、なかなか見えないそうだ。

总之我们开始爬坡了。这条山路感觉好像已经有几十年没有人走过了一样,落叶和泥土都快把公路埋住了。巨大的灌木横七竖八地伸出路面,要是在这里爆胎之类的简直太可怕。

兎に角坂を上り始めた。子の山道はまるで何十年の間に誰も来ていないように、落ち葉と泥に隠されそうだ。巨大な木々がごちゃごちゃに生え伸びて、ここでパンクしたらマジやばい!

这个Logo就是山原水鸡。因为是珍稀动物了,所以要大家开车的时候小心,并且路上要是看见了受伤的鸡,要及时乡附近的救助站通报。可是我们在去往安田的一路上,一辆车子都没有遇见,我怀疑要不是我们使用自行车地图,在普通的导航图里应该不会推荐这条路的。

このロゴはヤンバルクイナ。絶滅危惧種なので、皆さんが運転する時にぜひ気を付くて下さい。

连续爬坡15KM之后我们终于开始下坡,冲到了大马路上。

然后壮观的水坝一下子就映入眼帘!

15キロ連続登り坂を走った後、やっと下り坂になった。スルーと大道まで滑り入ると、 雄大なダムの景色が目に飛び込んできた

要是有机会在这里划个皮划艇,应该是十分惬意的。两边的树林茂密地让人肃然起敬。

もし、ここでカヌーに乗ったら、きっと気持ちいいだろう!両側の密林も神秘的だった

继续顺着指示牌向前骑行,村庄就出现在了山脚下。这时候正好是午后12:30前后。

指示に沿って、もっと前に進むと、麓にある村が見えてきた。今はちょうど12:30前後になった。

这里平时还是养殖场,冲绳畜牧品种改良中心。

ここ普段は養殖場らしい。沖縄家畜改良センター。

下到山脚,就是山原水鸡的观察设施了。

坂を降りていくと、ヤンバルクイナの観察施設になる。

真的好可爱哈,我觉得好像口袋妖怪里面的某只神奇宝贝也是以它做原型的?

本当に可愛い、ポケモンのどっちもこの子をモデルとして作ったじゃないっけ?

水鸡本鸡

ヤンバルクイナ

这才是水鸡本鸡!

本物ヤンバルクイナ

山原水鸡不会飞行,冲绳波布蛇还有乌鸦之类的都是它的天敌。据说冲绳为了治理四处横生的波布蛇,从国外引进了猫鼬,结果猫鼬把波布蛇吃掉的同时把山原水鸡也吃掉了。。。。。。躺枪的鸡鸡真的好可怜。而且山原水鸡据说和鸳鸯一样是单偶动物,过一夫一妻制的生活。而且他们胆小到,两只鸡在处对象的时候要是被别人(人?动物?)看见的话,他们就会分手。。。!!!分手!!被看见所以分手!!!你们不绝种谁绝种啊!!

ヤンバルクイナは飛べない、ハブとカラスなどは全部天敵。沖縄昔はハブを退治するため、海外からマングースを持ち込んできたけど、マングースはハブを食いながら、ヤンバルクイナも食っちゃった…可哀想なクイナ!しかも、ヤンバルクイナはオシドリ夫婦のように行動するらしい。臆病で、ペアが見られると(誰に?動物?人間?)分かれちゃう習性があるそうだ。…見られたから分かれちゃう???!!分かれちゃうの!!だから、絶滅危惧種になるのよ!!

但它们真的太萌了!!真是颜值高就敢任性!在观察设施里的这只因为是人工驯化的,所以很亲人。

それでも、萌えすぎ!!かわいいから、わがままを許すしかないね!観察施設にいた子は人工飼育なので、人に慣れている。

总之趁它们还没有绝迹,请各位一定要来看看!

兎に角、まだ絶滅する前に、見にきてください。

参观完,午饭就在设施里可以解决。

見学終わった後、ここでランチも食べられる。

我点了味噌刺身套餐,刺身配味噌很少见,搭配北部山里生产的冲绳小青柠,味道特别鲜美

普段あまり見れない味噌漬けお刺身!やんばる産のシークワーサーに合わせて、美味しい!

酒足饭饱后,我们继续上路了。每爬过一个山头就告诉自己,这是最后一座山。不断欺骗自己往前进。

食後、再び走り出した。超えきれないほどの山々、もうこれが最後だとずっと自分に話聞かせた。

车子驶入东面的大海,地势也渐渐降低了。

チャリが東側の海辺に入った時、山も段々低くなってきた

日光渐渐偏西  日が西に沈みそう

大约5点钟,我们抵达了东村。

午後5時頃、東村に着いた。

这个村子生产菠萝,据说是全日本第一的菠萝之乡

この村はパインの産地で、しかも日本一だと主張されている

点了份菠萝冰沙 パインナップルシェイク

不过最另人意外的是,在这里居然看见了释迦果。

でも、一番のサプライズはここでアテモヤ(釈迦頭)を見つけたこと。

我最喜欢的水果之一就是释迦果。而且我觉得冲绳气候跟台湾有点像,应该是有的。不过后来在那霸国际通附近有看见过,但是个很小,价格又特别贵。而东村的释迦果,个头跟在台湾的一样大,三个才600日元。高兴地我立马买了18颗,然店员帮我寄回那霸。

アテモヤは僕の大好物だ。沖縄は台湾と気候が似ているから、沖縄にもあるはずだと思っていた。国際通りでも見かけたことがあるけど、みんなちっちゃくて、高かった。東村のアテモヤは台湾と同じ大きさで、3つで600円だけだった。うれしくて、18個も買って、宅配を頼んだ。

大约到了6点多,太阳又落山了。看来今天又要跑夜路了。继续往前跑了一会儿,在路边偶遇一家餐厅。在这么偏僻的山里居然有餐厅!感觉就像是千与千寻里才会出现的一样,不知道吃完这顿饭是不是会变成一只猪。

夕方6時ぐらい、日が暮れた。今日もやはり夜道か!もうちょっと進んだら、一軒のレストランがあった。こんなに偏僻なところにまさかレストランがあると思わなかった!まるで千と千尋の神隠し中に出そうなお店で、食べたら豚にならないかなぁ。

这家餐厅叫Abu,看样子是以做海鲜出名的。

あぶというお店、海鮮が名物らしい

不过我们点了熏猪舌。要知道这道菜在日本其他地方可是很少见!冲绳北部菜的感觉。

でも、日本ではあまり見られないアグータンの煮つけを頼んだ!北部料理の感じ。

还有分量很足的炒苦瓜

もりもりのゴーヤチャンプルー

这家店的墙上也挂满了许多名人的签名,看来是一家来头不小的网红店。

吃饱喝足,继续赶路。接下来还有70公里的路。。。。。。

お店の壁にも有名人のサインがいっぱい飾られて、人気のあるお店らしい。 お食事を済ませたら、また前に進む。残りあと70キロ…

不知不觉中经过了边野古基地。就是试下热议的美军新基地。当地民众也是分化了两拨,有反对的有支持的。反对的理由是不希望基地影响人们的生活,不希望这里成为战争时的打击目标等等。支持的人则有认为美军转移到新基地的话,普天间基地就可以归还给人民,普天间和那霸联动起来就能获得发展等等。但实际

いつの間にか辺野古基地を通った。話題の米軍基地。地元民も反対派と支持派に分かれた。住民の生活に支障が出る懸念するとか、戦争時の打撃目標になりたくないとかの理由で反対されている。支持派は辺野古移設で普天間基地が返還されたら、那覇と更につなげて発展できるじゃないかと思っているそうです。だが、例え辺野古ができても、普天間が簡単に返還されるのかと疑われることもある。

骑过了这座基地的时候我们终于离开了那连绵起伏的北部大山。道路越来越平坦,我们的速度也加快了。大约10点钟的时候我们抵达了石川市,石川市一带是二战后美军管理冲绳的行政中心,所以这一代的街道也渐渐像个城市了。不过我和队友在石川市里失联了。。。。。。好在手机还联系得上。花了一些时间集合。然后接着骑到宇流麻市,从宇流麻市向东形势。有一条很长很长的海中道路,海的那一头就是我们的目的地,平安座岛。

この基地を超えると、いよいよ凸凹の山を脱出できた。道がどんどん平坦になって、スピードアップもできた。大体10時ぐらい、石川市に着いた。アメリカ統治時代、ここに民政府を置いたので、この辺の町もある程度整備されている。だけど、友達を見失った…集合できたのに暫く時間がかかった。そこから、うるま市に走った。うるま市から東に行けば、とても長い海中道路があって、向こうは僕らの目的地となった平安座島だ。

此时此刻我和队友感动得快要涕泗横流了,因为这意味着我们这段旅程最最最tough的部分就要结束了!于是兴奋地加快踏频。

もう、涙が出そう!ここまで、走ってきたことはこの度の一番きつい部分が終わったのを意味するから。スピードアップ!ペダリング!

终于在12点多一点,我们抵达了平安座酒店。酒店的老板很耐心地等待我们,中间还打了好几次电话跟我们确认平安。老板曾经因为生意关系多次到过福建等地,知道我们从中国来,很亲切地跟我们谈了好多话,第二天退房还送了两瓶咖啡要我们带着。

夜12時過ぎ、やっと平安座ホテルに着いた。オーナーが親切に待ってくれていた、その間も何回かお電話をくれた。オーナーがビジネス関係で福建省に行ったことがあって、僕らが中国から来たことを分かって、色々話ができた。翌日チェックアウトした際も瓶詰コーヒーをいただいた。

第三天的行程大概是我这辈子夜骑最长的一次了!人的极限真是深不可测,骑行最有成就的事情就是,那些在当时看起来很困难的事情,在自己脚踏实地的一步一步里都被跨越了。

三日目のライディングは今まで一番長いナイトライドだと思う。人間の限界は本当に計り知れないよね。サイクリングの一番達成感があることは、最初あり得なさそうなことは確実に一歩一歩で踏んでいくと実現できることだ。

明天开始就要继续向南,轻松地返程了。

明日は更に南に向かって、帰り道になる。

                                


DAY4 平安座--海中道路--与那原 50KM

DAY4 平安座--海中道路--与那原 50キロ

今天的行程非常简单,半天主要都在周围的几个小岛转悠,午后跨过海中道路,接着南下到与那原。

今日のコースはだいぶ楽、半日は周辺の島をぐるぐる回って、午後海中道路を渡って、南にある与那原まで行く。

连接着冲绳本岛和平安座岛的这条海中道路有4公里长,被誉为东洋第一海中道路。平安座岛周边的几座小岛依然保留有冲绳传统的民居,生活步调缓慢,充满了特色。

縄本島と平安座島を繋げている海中道路は4キロぐらいで、東洋一海中道路とも呼ばれておる。平安座島周辺の島に昔からの民家がまだ残っていて、ゆったりした気分が溢れておる。

 上午出发后我们先去了浜比嘉岛  

午前中は浜比嘉島に行った

一座又一座大桥浮在蓝蓝的海上,连接着小岛

島々を結んでいる橋は海に浮かんでいる

不远处的渔港,海水清澈见底

近くの漁港の水も底まではっきり見えるほどの透明感

这里也有不少观光船带人们出海潜水的

マリンレジャーで出入りする船

传说浜比嘉岛是琉球创始女神阿摩美久仙逝长眠的地方,所以这座岛也被认为是神圣有灵性的。

伝説によると浜比嘉島は琉球を作った女神様のアマミキヨがお亡くなりになった所で、この島もパワースポットらしい。

传说中阿摩美久之墓就在这块岩石背后

アマミキヨのお墓はこの岩の裏にある

阿摩美久之墓,看着和平常人的坟墓没有什么区别哈,女神也可以这样平易近人呢。

アマミキヨのお墓 普通の人間のお墓とあまり変わらないね 女神も人間に近い存在だよね

在阿摩美久之墓旁边有个阿姨和一只猫摆摊买海蕴和冲绳红豆汤。

アマミキヨのお墓の隣にモズクと沖縄ぜんざいを売っているおばちゃんとにゃんこがいた。

它是毛掌柜,据说以前是阿姨捡回来的小野猫

にゃんこマスターは昔拾われてきた野良猫だったそうだ

这座岛盛产海蕴,据说海蕴也是冲绳人长寿的秘诀。口感脆脆的海藻,经常会搭配冲绳青柠做的酱汁食用,酸酸甜甜地特别健康。

この島もモズクの産地で、沖縄人の長寿の秘密はもずくにあるという。シャキシャキとしたモズクはシークワーサーで作ったタレとよく一緒に食べられている。酸っぱ甘くて体に良さそう

怪石嶙峋   パワーが潜めそうな岩々

离开女神墓继续往前骑,就来到这座岛上有名的手工制盐工坊。

アマミキヨのお墓を出ると、この島の有名な塩工房に来た。

古法制盐,把海水抽进来以后灌到这些木条上,让海水顺着滴下去,自然通风,炼盐水。

昔の作り方で、海水を汲み上げて、竹枝から滴り落ちてくる時に風の力で水分が蒸発される仕組み

 体积相同的普通海水,浓缩海水和卤水的重量很明显不同

同じ容量の普通の海水、濃縮海水と苦汁、重さは顕著に違う

提炼盐以后剩下的就是卤水,冲绳的豆腐不用石膏而是使用卤水制作的,豆腐特别扎实,豆味儿还特别浓郁。

塩が取られったら残ったのは苦汁、沖縄の豆腐はよく苦汁で作っている、しっかりと締め上げて、大豆の味もちゃんとする。

 浜比嘉岛的教堂  浜比嘉島の教会

今天的午饭是浜比嘉岛特产的海蕴做成的韩式蛋饼,还有海蕴面跟章鱼饭

今日のランチは浜比嘉島産のモズクで作ったチヂミとモズクうどんとタコ飯

吃过饭后又不小心来到了本地人常来拜拜的一个圣地,树林掩映着沙滩十分静谧

食後うっかりと近くの拝所に入った、高い林に隠されたビーチは静寂な気分だった

等到下午大概2点钟左右,我们就骑着车上了海中道理准备往本岛走了。骑车在4公里上的海中道路上,两边是无边的蓝,十分畅快。每年在这条路上也会举行马拉松大赛。

午後2時ぐらい、海中道路にチャリを駆け続けた。4キロも長い海中道路を走っていて、両側に限りのない青でいっぱい、気持ちよかった。ここにも毎年マラソン大会があるみたい

 俯视海中道路  海中道路を見渡す

海中道路中段有一间海洋文化馆,馆里有展示厅还有买各种特色的伴手礼

海中道路の真ん中に海の駅がある、館内に展示施設とお土産売り場がある

比如说海蕴做的糕点 見たことのないモズク餅

馆内还有一间望海餐厅,每天限定10份冲绳最好吃的荞麦面。不过我是没有吃到。。。所以不晓得味道

館内に海が見えるカフェがあって、沖縄一美味しいそばは毎日10食限定で売っているらしいけど、食べられなくて、味が分からない。

稍作休息就继续上路啦!离那霸越来越近的感觉真好!

ちょっと休憩を取れたら、また走り続けた。那覇に近づく感じはいいね!

今天跑的路线   今日のコース

北中城

经过北中城的时候太阳慢慢落下,山下的小镇又要安详睡去了。非常庆幸的是,再骑15公里就能到与那原了,今天终于不用骑夜路啦!!!!

北中城を通った時に太陽も西にドンドン落ちていく所、麓の町はまた眠りに入りそう。うれしいのは、後15キロで与那原に着くこと、やっと今日は夜道走らなくていいのだ!

一路下坡,滑行到与那原。今晚住的是与那原东滨AGAIHAMA民宿。这家民宿我以前来冲绳旅行的时候住过好几次,老板人特别热情,老板娘也很美腻。他们那时候有个小女儿,还在襁褓里,可是这次来的时候已经会走路了,而且又有一个新宝宝加入了这个家庭。这家民宿虽然很朴素,但是充满了冲绳传统家庭的味道,来这里住的客人也是世界各地都有。

そこからずっと下り坂、スルーと与那原に着いた。今日泊まる所は与那原の民宿東浜。昔旅行で沖縄に来た時にも何回か泊まったことがあって、オーナーがとても親切な方で、女将さんも美人な方。その頃の小っちゃい赤ちゃんも今かわいいお嬢ちゃんになって、二人目の赤ん坊もできた。この民宿は素朴だけど、沖縄の家庭の雰囲気が味わえる、世界中からお客さんがいっぱい来ている。

民宿附近有一家香港老板开的茶餐厅,味道特别正。大概是我在冲绳吃过的最地道的茶餐厅了!在途程接近尾声的时候,我和好基友用这餐来犒劳我们自己的南方人胃!

民宿の近くに香港出身の方が経営している香港料理屋があって、味ももちろん本場の味!多分沖縄で食べた飲茶の中で最も本格的だと思う。旅のお締めにして、中国南方人の僕ら二人にとって最高のご褒美だ。

店里没喝够,自己买了泡盛酒和咖啡在民宿里又喝了起来。冲绳泡盛酒也是本地特产的酒,这里的话叫做AWAMORI。与日本清酒不同,泡盛酒是用泰国香米制作的,并且经过蒸馏,所以口味接近烧酒。不过烧酒是用番薯做的,我个人接受不了番薯酒的那股药水味儿,所以更喜欢泡盛酒。泡盛酒使用泰国米制作,也是与历史上同暹罗有贸易往来有关,琉球王国时代这里连接着东南亚,中国大陆和日本的贸易通道。这里的人喝泡盛酒的时候也会用水和冰块调制成各种鸡尾酒,今天的喝法是加冰加水再加一点点咖啡,也是很特别的本地喝法。

お店であまり飲まなかったので、スーパーから泡盛とコーヒーを買って、民宿で飲むことにした。泡盛は沖縄特産品で、日本酒と違って、タイ米で作って、更に蒸留されたお酒。味はどちらかというと焼酎に近い。でも、芋焼酎だと薬みたいなクセが苦手なので、個人的に泡盛の方が好き。泡盛はタイ米で作ったのは、昔からシャムと貿易があったことにも関わっているらしい。琉球王国時代ここは東南アジア、中国と日本の貿易の中枢だったから。ここでは泡盛を水と氷りで割ったり、カクテルを作ったりされている。コーヒーで割るのもここの特別な飲み方だ。

民宿里还有只老猫,叫chonski,两年不见还记得我吗?就知道嘴馋!

民宿にチョンスキーというおじいちゃん猫がいる。二年ぶりだけど、僕のことを覚えてくれているかなぁ?食いしん坊!

这一天就这样轻松愉快地结束了。

今日も楽々で一日を暮らせた。

回想起两年前我来这里旅行的时候喜欢上了冲绳的这些宁静和朴素,喜欢上了这里的海上日出,于是就想着哪天要能来住一段时间就好了。

二年前、ここに旅行にきて、沖縄のゆったりしていて、素朴な雰囲気が気に入った。ここの海の日の出に惚れた。それで、いつの間にか、ここで暮らしてみたいなぁとずっと思っていた。

然后这个小小的想法在心里酝酿,不知不觉就成真的。所以,梦想,或者说理想的生活,我们常常觉得说起来有点遥远,但其实也不是。真的想的话,踏出第一步,后面就跟滚车轮一样,自然而然就前进了!

そして、この小さな夢はずっと心の中でもやもやして、ふっと本物になった。夢あるいは理想的な生活って、遠く感じるけど、そうでもない。本気でやりたいことなら、第一歩を踏み出したら、後は車輪のように、自動的に動いていくのだ。

加油呢!

頑張れ!

明天又有怎样的旅途在等待我们呢?

明日、どんなことが待っているかなぁ?


DAY5 与那原-—南城市——那霸 55KM

DAY5 与那原-—南城市——那霸 55キロ

第二天太阳一样早早地升起了。与那原的东滨面朝着东边的太平洋,所以这里的日出也特别美。以前住在这家民宿的时候就经常去看日出。不过今天我们醒过来也8点多了,出了门的时候,天空都已经蓝蓝一片了!

今日も太陽が早く登ってきた。与那原の東浜は東の太平洋に面しているので、日の出も非常に美しい。昔ここに泊まった時にも何回か見たことがある。今日起きたらもう8時になっていたので、部屋を出ると真っ青な空が迎えてくれた。

民宿Agaihama,可以在booking.com上预订到的哦

民宿東浜はbooking.comで予約できるよ

我的梦想也是将来开一家自己的民宿,然后带客人出去骑车潜水哈。

将来の夢も自分の民宿を持つこと、普段はお客さんを連れてサイクリングとダイビングに出たりしたいね。

民宿的墙上挂满了游玩资讯,供住客自由使用

民宿の壁に色んなチラシがかかってある、好きに取っていい

 我和冲绳 僕と沖縄

今天往南部绕行回那霸,南部的路相对好跑,虽然坡也很多,不过比北部轻松得多。而且当我们在南部骑行的时候发现除了我们还有很多车友都来这边骑车。

今日は南部を廻って、那覇に戻る予定。南部の道は北部よりだいぶ走りやすい。南部を走った時に、ほかのライダーたちもいっぱいいた。

我们先向南城市的Southern Beach出发。

まずは南城市の安座間サンサンビーチに出発

 一路上左手是海和甘蔗田,蔬菜田,右手是葱葱郁郁的山坡

左手には海、さとうきび畑と農場、右手には緑いっぱいの山道

偶遇一家冰店,可是今天好像没有营业。。。

途中で沖縄ぜんざいのお店と出会い…けど、今日は閉まっている

继续往前骑行不久就到了Southern Beach。

もうちょっとしたら、サンサンビーチに着く。

Southern Beach是冲绳南部很有人气的一片海滩,到了夏天经常有很多活动在这里举办。可以玩摩托艇,香蕉船,BBQ,游泳,喝酒,跳舞,各种狂欢!

サンサンビーチは南部で人気のあるビーチで、夏にも色々なイベントがここで行われる。ジェットボート、バナナボート、バーベキュー、水泳、飲み、ダンシング、なんでもフェス!

这是我第三次?来这片海滩啦!

多分三回目?ここに来たのは!

稍作休息后我们就开始爬坡了。接下来要去知念岬。

ちょっと休憩を取ったら、また坂登を始めた、今から知念岬に向かう。

可以看到去往知念岬的这段路后半段超级陡

知念までの道の最後はめっちゃ険しい!

这个坡度,你们感受一下!直接放弃,下来推车。

ほら!この坂!諦める!押していく。

不过抗过了这几个坡之后,很快就到了知念岬。

でもこの坂を乗り越えると、すぐに知念岬に到着。

知念岬地势较高,在这里俯视南部的海岸线,真的超级美!

知念岬の地形は高くて、ここから南部の海岸線が見えて、スーパービューティフル!

还是美!!   やっぱりビューティフル!

让我想起在葡萄牙罗卡角眺望世界尽头的经历。传说冲绳的祖先从东面的龙宫而来,所以人死后也都要往那个世界去,这里把那个世界叫做NIRAIKANAI。我个人觉得这或许隐喻着冲绳文化中的波利尼西亚文明和传说中消失的姆大陆吧。在冲绳以南台湾以北的海底也有好多出疑似史前遗迹的地方。

ポルトガルでCapo de Rocaを眺めた経験を思い出した。伝説ではうちなーんちゅの先祖はニライカナイ(東の竜宮)から来た、人が死んだら、ニライカナイに戻るという。単純な憶測だけど、ひょっとしたら、その伝説によるとオキナワンカルチャーの中にポリネシアン文明と似ている部分もあるから、それは噂の消えたムー大陸との関連性もあることが推測できるじゃないか?(笑) だって、沖縄の南の海から台湾の北部にかけて、未だに古代文明っぽい遺跡かのようなものもあるし。

离开知念岬我们就前往和平纪念公园了。

知念岬を離れたら、平和記念公園に行った。

公园附近的餐厅先填饱肚子。

取り敢えず、公園の近くで食事をとる。

再来一份红豆冰

それに氷ぜんざい

吃饱后就进和平纪念公园了。因为二战的时候美军登陆冲绳和日军厮杀,日军负隅顽抗,并且当时下了“玉碎令”,所以很多平民百姓也被卷入了这场战争之中。其中南部的伤亡最惨!当时日军威胁平民百姓叫他们不要做亡国奴,所以战争的后期好多人都被逼到南部的海岬边上,活生生地跳下悬崖自尽了。大家如果看过《钢锯岭》的话多少会有所了解。所以南部有好多慰灵塔,时时刻刻提醒着人们现在的和平来之不易。

食後平和記念公園に入った。二次大戦の時、米軍は沖縄上陸して、日本軍と激しい戦をした。無謀な戦争の終わりに、日本は「一億玉砕」と決断し、多くの百姓もこの戦争に巻き込まれた。その中、沖縄南部の死傷は一番悲惨だった!敵国の奴隷にならないようにと軍部が世論煽てて、戦争の最期にたくさんの一般人も岬に迫らせた。生きていきたい人もやむを得ず、崖から飛び降りて自決させられた。戦争映画をみたら、この部分も多少分かると思う。そこで、南部に慰霊の塔が特に多くて、今の平和の大事さを世間に語り継いでいる。

纪念公园塔里的画展,琉球少女。这个美丽又充满热带风情的小岛背后藏着沉重惨烈的历史。   塔内の展示物、琉球の少女。この美しい南国の島の裏に悲惨な歴史が背負われている。

塔里的大佛,供人们在此默哀,祈愿。

大仏に黙禱、祈念する

愿战争远离这座小岛,和平永远守护她的美丽

戦争はこの島を永遠に離れて、平和がいつの世でも彼女の美麗を見守ってください

结束了沉重的和平祈愿,怀着万分的感激,我们朝北向起点那霸进发了。抵达丰见城的时候夕阳正从东中国海落下,夕照洒在港口和城市间,我们知道我们的行程结束了,又回到了人间。

ちょっと重い気持ちで祈念した後、感謝の気持ちで、北上して、那覇に帰ろうとした。豊見城に着いた時、夕陽がちょうど東シナ海に沈んでいく所、港と町が映えていて、今度の旅が終わった、またこの世に戻ってきたような気がする。

接着又来到了那霸的波上宫。来还愿,感恩这一路都赐予我们好天气,平安顺利地跑完了这380公里。

続いて那覇の波の上宮に御礼参りに来た。この五日間ずっといい天気をいただいたことに感謝、無事に380キロを完走できた!

还有一开始就给了我们很多建议的车行冲绳轮业!!ただいま!

そして、最初から色々アドバイスをいただいた沖縄輪業さん!ただいま!

经过这380公里的旅程,我对冲绳本岛整体有了更深的了解,地理人文历史。这还是单车旅行特有的优势,可以慢慢地以自己的节奏丈量世界。可以说从来没有第二座岛屿像冲绳这样叫我深爱!

还有感谢一路上陪伴我的好基友,好摄影师。我们是因为环冲绳而认识,因为同样喜欢冲绳文化而聚集在一起,这一路的辛苦都见证了我们合拍的友情。

下一次我想找机会从冲绳骑车跳岛到九州去。希望那一天快点到来!

有兴趣的骑友欢迎豆油我呢!

この380キロで、僕は沖縄本島の全体像をもっと深く把握できた。地理も、歴史も人文も。それも、チャリ旅のメリットだと思う、マイペースでゆっくり世界を計っていく。沖縄以上愛している島はないんだ!

それと、同行してくれた友達兼ねカメラマンさんに。沖縄のおかげで知り合い、沖縄文化が好きで集まって、今回のコースも僕らの友情の試練だった。

今度は沖縄からスタート、アイランド・ジャンプで九州まで行ってみたいなぁ! 早くその日が来るように!

終わり

Pez38
作者Pez38
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