寺田寅彦《乡土的味觉》(中日双语 日汉对照)

久汪米 2017-08-10
    日常の環境の中であまりにわれわれに近く親しいために、かえってその存在の価値を意識しなかったようなものが、ひとたびその環境を離れ見失った時になって、最も強くわれわれの追憶を刺戟することがしばしばある。それで郷里に居た時には少しも珍しくもなんともなかったものが、郷里を離れて他国に移り住んでからはかえって最も珍しくなつかしいものになる。そういう例は色々ある中にも最も手近なところで若干の食物が数えられる。その一つは寒竹の筍である。

日常生活中越是我们身边熟悉的东西,好像越是意识不到其存在的价值,可当有一次我们离开那个熟悉的环境失去了它的时候,却又常常陷入对它的追忆之中,是那样的强烈而又深沉。就像我们在家乡的时候一点也不稀罕、很平常的东西,可背井离乡移居他国后,反而倍感珍惜、最为怀念。这样的例子于各色各样中就在我们身边的可举出几样食物来。其中一样便是寒竹笋。

 高知近傍には寒竹の垣根が多い。隙間なく密生しても活力を失わないという特徴があるために垣根の適当な素材として選ばれたのであろう。あれは何月頃であろうか。とにかくうすら寒い時候に可愛らしい筍をにょきにょきと簇生させる。引抜くと、きゅうっきゅうっと小気味の好い音を出す。軟...
    日常の環境の中であまりにわれわれに近く親しいために、かえってその存在の価値を意識しなかったようなものが、ひとたびその環境を離れ見失った時になって、最も強くわれわれの追憶を刺戟することがしばしばある。それで郷里に居た時には少しも珍しくもなんともなかったものが、郷里を離れて他国に移り住んでからはかえって最も珍しくなつかしいものになる。そういう例は色々ある中にも最も手近なところで若干の食物が数えられる。その一つは寒竹の筍である。

日常生活中越是我们身边熟悉的东西,好像越是意识不到其存在的价值,可当有一次我们离开那个熟悉的环境失去了它的时候,却又常常陷入对它的追忆之中,是那样的强烈而又深沉。就像我们在家乡的时候一点也不稀罕、很平常的东西,可背井离乡移居他国后,反而倍感珍惜、最为怀念。这样的例子于各色各样中就在我们身边的可举出几样食物来。其中一样便是寒竹笋。

 高知近傍には寒竹の垣根が多い。隙間なく密生しても活力を失わないという特徴があるために垣根の適当な素材として選ばれたのであろう。あれは何月頃であろうか。とにかくうすら寒い時候に可愛らしい筍をにょきにょきと簇生させる。引抜くと、きゅうっきゅうっと小気味の好い音を出す。軟らかい緑の茎に紫色の隈取(くまどり)があって美しい。なまで噛むと特徴ある青臭い香がする。

高知周边寒竹围墙很多。或许是因为寒竹密集丛生又不失活力的特点,很适合作围墙吧。记得几月份来着,总之是天微寒的时候,可爱的竹笋茁茁亭亭簇生起来。拔的时候,发出一下下快意的声音。柔软的绿茎上紫色的妆,美不可言。生吃的话有一种特别的青草香味。

 年取った祖母と幼い自分とで宅の垣根をせせり歩いてそうけ(笊ざる)に一杯の寒竹を採るのは容易であった。そうして黒光りのする台所の板間で、薄暗い石油ランプの燈下で一つ一つ皮を剥いでいる。そういう光景が一つの古い煤けた油画の画面のような形をとって四十余年後の記憶の中に浮上がって来るのである。自分の五歳の頃から五年ほどの間熊本鎮台に赴任したきり一度も帰らなかった父の留守の淋しさ、おそらくその当時は自覚しなかった淋しさが、不思議にもこの燈下の寒竹の記憶と共に、はっきりした意識となって甦って来るのである。

上了年纪的祖母和年幼的我,在院墙根来回溜达采摘满满一筐的寒竹(笋),是很容易的事。然后在黑亮的厨房地板上,光线暗淡的煤油灯下,一层一层地剥笋皮。这一光景,在四十多年后的记忆中浮现出来,画面就像一幅煤烟熏污了的旧油画。从我五岁起约莫五年的时间里,父亲去了熊本镇台赴任,一次也没有回来,留守的寂寞,恐怕那个时候我不曾意识到的寂寞,竟然和这灯下寒竹的记忆一起苏醒过来,变得十分清晰。

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