うみねこのなく頃に EP6真相考察
EP6 Dawn of the golden witch
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このエピソードのタイトル画面の紹介文「これはもはや告白なのです」にもあるように、EP6は紗音と嘉音が同一人物だったという核心部分以外にも非常に多くの謎の伏線が隠されており、ヒントと答えの塊と言っていい。事件部分はロジックエラー時の嘉音の戦人救出の謎部分が主で、他の部分は戦人がゲームマスターとして企てていた狂言殺人がヱリカによって大部分解かれている。焦点はロジックエラーのトリック部分だけと言っていい。
事件の流れ
屋敷の客室や客間、貴賓室など6か所で夏妃、絵羽、楼座、真里亞、霧江、戦人の6人の死体が発見。部屋はマスターキー以外の物によって(チェーンなど)内部より施錠された密室だった
一同はゲストハウスに籠城する事にし、ゲストハウス2Fのイトコ部屋とその隣の部屋に分散して籠城した
部屋を調査のため抜け出したヱリカは、魔女の手紙を発見。屋敷の戦人の死体のあった客室へいく
客室はヱリカが戦人の死体発見時にした封印が保たれていて、戦人の死体は部屋から消失していた。ヱリカのロジックエラー申請により、ラムダが戦人の手を確認。入れ替わりトリックによる新しいロジックが提出される。しかし、ヱリカが自分で死体を検視していた際に、夏妃、絵羽、楼座、真里亞、霧江の5名を殺害していた事が発覚。入れ替わりトリックが成立しなくなりロジックエラーが発生
ベアトリーチェより新たなロジックの提出があり、ヱリカが謎を解けずにEP6終了
【戦人のロジックエラー密室 嘉音の戦人救出+消失】
「いとこ部屋は完全な密室が最後まで保証されています。」
「隣部屋は確かに封印されましたが、ロジックエラー時には、扉のみしかその維持が証明されませんでした。」
「封印時の隣部屋に居たのは、秀吉、譲治、熊沢、紗音、南條である。そして、隣部屋の人数は5人である。この5つの名に該当する者以外は存在しない!全ての名は、本人以外には名乗れない!!」
「戦人を救出したのは、間違いなく嘉音本人である。」
「戦人と嘉音は別人である。」
「戦人救出時、客室に入ったのは嘉音のみである。」
「認めようぞ。そなたの入室からロジックエラー時まで、客室を出入りしたのは、そなたと戦人と嘉音のみだ。」
「認めようぞ。そなた(ヱリカ)と戦人と嘉音で、3人である。」
「無論だ。3人、即ち3体が出入りした。そなたと嘉音は入ったのみ、戦人は出たのみ。」
「全ての名は本人以外に名乗れないと赤き真実ですでに語っている。よって、ヱリカ、戦人、嘉音の名はいずれも、本人にしか名乗れぬのだ。」
「救出者とは、戦人の開けたチェーンロックを、再び掛け直したもの、ということにする。戦人を救う意思があったかどうかは、問わないことにしておく。」
「復唱要求。 “私は救出者ではない”」
「当然だ!」
「復唱要求。 “出入りの定義とは、客室と外部の境界を跨いだかどうかである”」
「認めようぞ。」
「復唱要求。 “客室とは、ベッドルーム、バスルーム、クローゼット内の全てを含む”」
「認めようぞ。」
「定義確認。 客室内とは、ベッドルーム、バスルーム、クローゼット内の3区分である」
「妾もその認識でいるぞ。そしてすでにそなたは、ベッドルーム、バスルームの2区分で、誰も隠れていないことを赤き真実で確認したはずだ。」
「ゲームは、私が客室に入ったところで終ってしまったのだから、私は、自分で閉めたチェーンロックを、開けてさえいない。」
「だから、私が退出した後に、私に続いて脱出、というのは通用しない。」
「また、チェーンロック施錠は、入室と同時に行っている。」
「私が入室してから、チェーンロック施錠までの数秒間に、誰も退室は出来ないのだ。」
「客室は、戦人検死時に封印したため、私が再び訪れて封印を自ら破るまで、客室の出入りは一切不可能だ。」
「よって、私の入室時、戦人は客室内のどこかに隠れていたことは確定する。」
「戦人の脱出のチャンスは、私が封印を破った後のみ。」
「さらに限定すれば、私がバスルームにいる間しか脱出チャンスは存在しない。」
「ベッドルームに嘉音は存在しない。」
「客室に、嘉音は存在しない。………もちろん、クローゼット、ベッドルーム、バスルーム、この全てにおいてである。」
この謎こそがうみねこの最大の謎である「嘉音と紗音が同一人物」という設定を明かすための謎であり、これは嘉音と紗音が同一人物でないと成立しない。それはこのロジックエラーの密室の解法が「赤字に抵触しない解法」「雛ベアトが恋の試練を経て知った事実」「フェザリーヌの語ったベアトリーチェの心臓」「地の文で語られた『この物語最大の謎はもうすぐ明かされる』という表記」これら全ての説明になっていなければならないためだ。このため、ゲーム盤に紗音と嘉音は2体いたなどとする可能性は一切ない。1つの肉体を持つ1人の人間が複数の人格を持っていないと成立しない謎なのだ。
この謎の最大のポイントはヱリカの客室での見落としだ。EP5では死体を自ら確認せずに検視結果だけ聞いて物事を判断していたヱリカだが今回EP6でも同じ失敗をしている。ベアトとの論戦時に、バスルームからベッドルームに戻ったヱリカは、再び嘉音がベッドルームに隠れた可能性を考え、ベアトに青き真実で「嘉音はベッドルームに隠れている」と主張しベアトに「ベッドルームに嘉音は存在しない」と赤字で言われている。彼女はそれに納得し、クローゼットのみに焦点を絞るが、なぜ彼女は自分の目でベッドルームを再度確認しなかったのか。赤き真実で嘉音が存在しないと断言されて、ヱリカはその言葉の本当の意味を理解できなかった。それがヱリカの見落としであり、失敗なのだ。
トリックを明かすと、封印が破られている隣部屋の窓から紗音が脱出する。紗音は例の魔女の手紙を置き、ヱリカがそれを発見するのを見届けて嘉音に変装する。ヱリカが戦人のいる客室に向かったら廊下で待機し、戦人と入れ替わりで客室に入り、チェーンロックをかける。ヱリカがバスルームで苦戦してる間に、紗音に変装しなおし、ベッドルームに隠れる。
これが真相だ。
つまり、「嘉音は客室に存在しないが、紗音は客室に存在している」という事なのだ。最初に語ったヱリカの見落としがポイントであり、ヱリカは嘉音がベッドルームに存在しないという意味を「ベッドルームに誰も存在しない」という意味に錯覚させられた。客室に入った嘉音がその後消失するトリックを成立させるには、正にベアトリーチェのゲーム盤の心臓部分である「紗音と嘉音は同一人物」という謎を使うしかなく、この謎によりこれが確定した。
※補足
ロジックエラー密室の補足だが、最後クローゼットに嘉音の姿は無く「灰緑色の雨ガッパ」が入っていたという描写が入る。上記の「客室内で嘉音が紗音に変装しなおす」というのは、実際にはこの雨ガッパを脱ぎ、「元々着ていた紗音の服装に戻った」という事で、別にあそこで着替えを始めたという事ではない。隣部屋を脱出した紗音は、雨ガッパをすっぽりと顔までかぶり、紗音としての服装や髪形を隠し、人格だけ嘉音として切り替わった状態で戦人と入れ替わり、客室内で雨ガッパを脱いだという事だ。その変装に使った雨ガッパがクローゼットに残ったままになってしまったのだろう。そして、もう一つ補足だが、「無論だ。3人、即ち3体が出入りした。そなたと嘉音は入ったのみ、戦人は出たのみ。」こういった嘉音が客室に入ったと表記される部分で、なぜ嘉音だけが入ったと表記され、同じ肉体を使っている紗音やベアトの名前が除外されるのかといった部分の理由は「全ての名は本人以外には名乗れない」という赤字があるのが理由だ。嘉音にとって紗音は人格として別人なのであって、人格目線で見た場合嘉音は紗音ではないのだ。そのためこの赤字に抵触するので、嘉音が肉体を使っている時は、自分の事を紗音と名乗る事はできない。もちろん紗音が肉体を使う場合は可能だ。この「本人」の考え方がどこに適用されているのかという部分が非常に重要だ。
・紗音と嘉音
EP6はヱリカが探偵では無い訳だが、一応ヱリカの前には今回も紗音と嘉音は同時に現れていない。つまりEP1~6において、紗音と嘉音は主観が保障されている探偵の前には同時に現れていない。これが「紗音と嘉音は1人の人間の肉体を共有している人格同士」というトリックを成立させる前提条件でもあり、探偵の前に同時に現れ同一人物トリックが破綻するというケースは1度もなかったのが分かる。以前にも語ったが変装によって一人の人間が紗音と嘉音を演じているという設定がそもそも通用するのか?なぜ誰も見破れないのか?長年右代宮家に勤めてて誤魔化せるわけがない、といった部分の疑問については、そもそもこのEP1~6の物語は98年の世界に存在しているワインボトルのノート片と八城十八による偽書であり、文字で記された物語の設定でしかないという解釈で成立する。これは読み物の世界での同一人物トリックであり、現実世界ではないのだ。
・本編中の人格に関連する伏線
「私たちにとって、人格が人そのものならば、例え同じ肉体を共有していても、異なる人格を指して別人であると言い切れるだろう」
ではその他の重要な部分を考察していこう
【古戸ヱリカの自己紹介】
「初めまして、こんにちは!探偵ッ、古戸ヱリカと申します!!招かれざる客人ですが、どうか歓迎を!!」
「我こそは来訪者ッ、六軒島の18人目の人間ッ!!!」
「…………申し訳ないが、」 「そなたを迎えても、」
「「17人だ。」」
さて、今回で同一人物トリックも明かされたという事で、赤字による在島人数のトリックについてもここで新たな赤字が出た。これは単純に肉体でのカウントのしかたと、人格でのカウントのしかたの違いを説明するためだけの物ではなく、EP3で詳細に説明した「なぜヤスのベアト人格が赤字に含まれていないのか」という疑問も明かすためのものでもある。
ヱリカの言い回しに違和感を持つと思うが、ヱリカは人間の探偵として物語に出てくるが、同時にベルンカステルの駒である魔女でもある。つまりこのような言い回しをしないと18人目の「人間」としてカウントできないのだ。この時仮にヱリカが「真実の魔女、古戸ヱリカと申します」と言ったならば、「18人目の人間」とは赤字で語れないのだ。そういう意味合いの含まれた赤字であり、人格を1人としてカウントする場合、金蔵を差し引いた17人(紗音と嘉音は2人、ベアト人格は魔女なので加算されず)にヱリカを足して18人の人間。肉体でカウントする場合、金蔵を差し引いた17人からさらに紗音と嘉音を1人としてカウントし16人、これにヱリカを足して17人となる。
・98年世界の世界構造
EP4時にEP4の98年世界は幾子による偽書の世界であり、現実を元にした架空の話と書いたが、このあたりの設定のヒントがEP6では大量に出てくる。まずEP4の六軒島に行った縁寿の冒険を記した98年世界。そしてEP6の六軒島に行く前に、出版社を通して幾子とコンタクトが取れた縁寿の98年世界。そして、EP8のビルから飛び降りずに作家になった縁寿の98年世界。大きく分けてこの3つの98年世界があるわけだが、EP4とEP8の98年世界は特に「ビルを飛び降りた縁寿」と「ビルを飛び降りなかった縁寿」に分かれておりどっちかは確実に架空の話である。EP4とEP6も同様に、「幾子に会えなかった縁寿」と「幾子に会えてEP6の偽書を読ませてもらった縁寿」に分かれていて、ここも矛盾がある。
ポイント1 天草に対する縁寿の認識
98年世界を考察するポイントの1つがこれで、EP8の作家になった縁寿は小此木社長に見送られる時に天草に会っているが、この時に天草の事はちょっと知ってる程度であると説明されている。あの縁寿は天草とほとんど初対面のような物であり、EP4とEP6のように密接な繋がりがあるわけではない。つまりEP4とEP6は現実の世界を元にして幾子が書いた偽書の中の98年世界だと考えられる。ちなみにEP6の終わりに天草と小此木が密談してる様子が描かれていて、1ページ目へ
EP4の六軒島で縁寿を殺す可能性の話をしている。EP4はエンドロールに縁寿が1998年に死亡と書かれているので、天草に殺されてしまった物と思われる。
ポイント2
EP6で幾子によってEP3~6が彼女の偽書であると明かされている。「Banquest」「Alliance」「End」は縁寿がネットで読んだと言っておりEP6の「Dawn」も読まされている。そして黄金のブローチが登場するエピソードも彼女の作であるようなセリフもあり、EP2は大月教授のいう「事件前日から始まり、18人全員死亡で終わる話」ではないので幾子の偽書であると言える。EP6内で縁寿は自分の事を「名前を明かしたルール違反で死んだはず」と言っており、また「また、あんたの偽書に私が登場するの?今度はマシな殺し方を頼むわ」と語ってるのでEP4は偽書の世界、EP6はEP4の途中で「幾子に会えた可能性世界」を描いた偽書の世界であると言えるだろう。
ポイント3
このように様々な可能性の縁寿の世界が偽書として描かれており、その部分に関連する幾子のセリフと縁寿の主観描写もかなり重要だ。本編から抜粋する。
(幾子のセリフ)「あなたとこれで二度と会わないだろうけど、いつかどこかで、別のあなたに会える幸運を祈っています」
(縁寿の主観描写)「彼女とはもう2度と会わないだろう。しかし、それは“私”は会わないという意味で、他の私たちは会う事があるかもしれない」
幾子が98年世界の縁寿を偽書に登場させ物語を紡いでいる事の伏線部分だ。幾子は六軒島の物語と実際には会っていない縁寿の事を偽書で描写し、恐らくは、現実世界の縁寿に何かを伝えようとしてるのではないのか?と推測できる。おそらく、その部分の伏線であろう幾子のセリフがあるので抜粋する。
「私という存在など、あなたという真の継承者を覚醒させるための、ただの道しるべにすぎないのだから。エンジェ・ベアトリーチェ」
つまり、実際には会った事がない縁寿を幾子が偽書の中に登場させたのは、六軒島の事件以来1人で寂しく孤独に生きている縁寿に対してEP8のあの98年世界の縁寿のように、白い魔法を理解した人物になってほしいという願いが込められた物だと思われる。この時点で戦人の記憶を持った十八は縁寿に会うつもりはなかったのだと思われる。だから、妹のためにせめて偽書を通してメッセージを送っていたのだろう。
【世界構造の考察のポイント】
世界構造に関する考察は、うみねこの考察の中でも多くの人が悩んでる部分だが、一番良いと思うのは「作家になった縁寿は、一体何がキッカケで一族や家族が死んだ過去を乗り越えたのか?」という疑問の答えを見つける事だと個人的には思う。最終的に私は偽書説を最終結論としたが、各説のポイントや矛盾点を説明したい。
1.偽書説
これは私が最終結論として採用した説で、作家になった縁寿は偽書の兄のメッセージを読むことで心の整理を付けたとする考え方だ。つまり、現実世界は作家になった縁寿のいる世界だけであり、EP4やEP6、そしてEP8の手品EDは偽書の世界だとする考え方だ。これはミステリーとして破綻しない考え方であると同時に、十八が偽書を書いていた理由の一つとして「孤独に暮らしている縁寿にメッセージを伝えるため」という動機付けもできて、うみねこ全体としても現実世界と、その現実世界に存在している偽書という関係性がうみねこの各EPの存在意義を上手く説明できる。
2.パラレルワールド説
これはうみねこの世界に存在する現実世界のEP4、EP6、EP8の手品ED、魔法EDがそれぞれパラレルワールドであるという考え方だ。この説を考察でよく見る人も多いと思う。これを考える時も同様に「作家縁寿はどうやって心の整理を付けたのか」を主体として考える。各EPの現実世界がパラレルワールドだとすると、EP4の六軒島に行った縁寿が学んだ真里亞の魔法の思想は違う世界線の作家縁寿には何の関係もない事になる。EP6の縁寿に関しても「幾子に会えたEP6の縁寿」と「作家になるまで幾子に会えなかった魔法EDの縁寿」というふうに、パラレルワールドとしては説明がついたとしても、「縁寿が気持ちの整理を付けたキッカケ」の説明ができない。異なる世界線の縁寿の記憶は共有されている、などと言い出したら、それはもうミステリーではなくファンタジーなので、それは採用できない。さらに、パラレルワールドで作家縁寿が幾子の偽書を読んでいたと考えた場合でも、今度は「なぜ幾子は違う世界線の話と全く同じ話をさも見てきたかのように書けるのか」という問題が発生する。もうこの時点でミステリーとして解釈できないので、パラレルワールド説は問題が多すぎて採用できなかった。
3.ファンタジー説
いわゆる、作家縁寿はゲーム盤に登場した縁寿と同一人物という考え方だ。この場合縁寿の気持ちの整理に関する説明はつくが、この場合世界構造の解釈として、「作家縁寿のいる世界も偽書の世界である」もしくは「タイムマシンに乗って86年世界に行って戻って来た」という解釈になる。タイムマシンに関する馬鹿馬鹿しさはとりあえず置いておいて、この場合でも明確に矛盾する部分が実は存在する。それは魔法EDの黄金郷に18歳の縁寿がいる矛盾である。「作家縁寿のいる世界も偽書の世界である」と考えた場合、作家縁寿自体が偽書の縁寿という考え方になるが、そもそも黄金郷とは死後の世界の概念なので、人格死であれ、肉体死であれ、概念として死んでいないと行く事はできない。では何故、黄金郷に縁寿がいるのか?という疑問が当然発生する。作家縁寿はどう見ても死んでいない。うみねこの物語で唯一死亡と断言されたのはEP4の縁寿だ。黄金郷は幻想住人が一緒にいるので、黄金郷の死んだ縁寿のいる世界は偽書世界だといえる。つまり、あのシーンに「作家になった縁寿」と「偽書世界で死亡した縁寿」という別人の2人の縁寿が描かれた事になり、「作家縁寿が偽書の世界を旅してきた縁寿」という考えが成立しないのだ。偽書世界の縁寿は黄金郷にいる方の縁寿であって、作家になった縁寿ではない。
つまり総合的に考えて筋が1本キッチリと通る考え方は偽書説しかないのである。
・ヱリカの自己紹介の赤字の解釈
「初めまして、こんにちは!探偵ッ、古戸ヱリカと申します!!招かれざる客人ですが、どうか歓迎を!!」この赤字の前半部分の、「初めまして、こんにちは!」の部分と「探偵ッ、古戸ヱリカと申します!!」の部分だが、この部分を読んでいて違和感を持った人は多いのではないかと思う。まず、誰に対して初めましてなのか?という疑問が1つ目。ヱリカは殺人を犯しているのだから、探偵を名乗れないはずなのでは?という点が2つ目だ。まず、誰に対して初めましてなのかという部分だが、世界構造に関する説明を終えた今なら、ある程度の推測が出来る。あの時点であの場にいる人物の中でヱリカと初対面の人物など存在しない。EP6は冒頭で触れたタイトル画面の紹介文にもあるように、答えそのものが書かれてしまっていると言っていい。なぜEP6だけ、上層に幾子と朗読者である縁寿が描かれているのか。なぜこのような構造で話が語られるのか。それは、その構造自体がうみねこの答えそのものだからである。紗音と嘉音の変装が何故バレないのか?という疑問の答えも、この「原稿を読ませてもらっている縁寿」という視点で読めば、縁寿が単に文章を読まされてるだけという部分から、「現実世界ではなく、物語世界だから」という発想に結び付く。ヱリカの自己紹介もその発想によって、幾子が原稿を書く時に、読んでくれる読者に対してヱリカに自己紹介させたと考えれば、誰に対して初めましてと言ったのか分かるだろう。これはうみねこの世界構造を考える際に「偽書世界と、その読み物としての偽書が実際に存在する現実世界という『対比構造』で物語を読まないといけませんよ」という事なのだ。この発想はEP8の物語を読む時も非常に大事になる。誰に向かって語られている物語なのか?をEP8は意識して読まなければならない。ヱリカが探偵を名乗った部分については、ロジックエラー密室の時の赤字にヒントがある。
「ゲームは、私が客室に入ったところで終ってしまったのだから、私は、自分で閉めたチェーンロックを、開けてさえいない。」
ヱリカが探偵宣言を出せないゲーム盤は、ロジックエラーを戦人が出した中盤の展開の時に終わってしまってるのだ。最後の赤字の場面はもうゲーム盤の外だという事になる。だから、ヱリカは探偵を名乗れたと考えるとスッキリする。
・地の文
うみねこという作品は地の文で嘘の描写がされる作品だが、その部分の設定の説明がされている。EP6で「Dawn」を縁寿が語り手として物語を朗読しており、「物語の語り手が神の視点」ではなく、私見の入る人間だと明かされている。これがうみねこが地の文で嘘を付く理由であり、各EPが作中作である理由でもある。
・縁寿について
幾子に会った時に「98年世界では縁寿の事はワイドショーで色々報道されてる」と説明されている。右代宮グループの遺産を継いだ事による物だろう。実際の現実の98年世界での幾子は縁寿には作家になるまで会っていないが、このようにワイドショーやら、その他の手段などを使って縁寿の情報を得る事は可能だったようだ。
・赤字について
うみねこの世界で出てくる真実を保障する「赤字」とはそもそも何なのか。本編での幾子のセリフを抜粋する。
「おや、赤インク以外で書いた文字は全て読むに値しないとまで言い切る御仁も多いというのに。光栄なるかな人の子よ。黒い文字も読んでくれて」
つまり幾子の書く偽書自体に赤字があるという事で、赤字とは作者である幾子が真実だと保証して記すものだと思われる。十八のプロットを元に偽書を書くときに、幾子が真実だと保証した物を赤字で記していると思われる。
・雛ベアトと姉ベアトの意味
姉ベアトとは六軒島でヤスが魔女として作った人格であり、悪食島の伝説の設定も受けついだ人格だ。雛ベアトというのは6年前にヤスが戦人に聞いた「戦人の理想の女性像」を反映させたものであり、ヤスの紗音人格と戦人との恋心を、戦人の約束破りの辛さ故にベアトに託した物だ。元々の魔女人格と戦人の理想女性像とヤスの戦人への恋心を融合させて、黄金の魔女ベアトリーチェが生まれた。雛ベアトが戦人を愛するように行動しているのは、ヤスがベアト人格にそう命じた事の比喩だと思われる。雛ベアトが夏妃の殺人の時に霊鏡を苦手としていたのは、元々のヤスが自分のみすぼらしい姿を鏡で直視したくない事の反映だと思われる。いくら人格で理想像を作ろうが、その魔法は鏡を見た瞬間に解けてしまうのだ。
・「あのベアトリーチェが蘇ることは、二度とない。」
EP6で出たこの赤字は非常に重要で、EP5でベアトは戦人が真相に至ってくれる事をあきらめ死んでいる。新たに生み出されたEP6のベアトはゲーム盤から生み出した新しいベアトであり、正確にはEP5のベアトが復活した訳ではないのだ。このEP6の意味合いは現実世界での八城十八の気持ちが大きく反映されていて、EP5の時に説明したように、十八はヤスの真相に至るのが遅かった。恐らくは記憶を失ってからワインボトルのノート片を読んで真相に至ったものと思われ、偽書の中にEP5で死んだベアトをそのまま復活させる事は、十八の心が許さなかったと思われる。しかし、遅くなったとはいえ、真相に至りヤスの気持ちを知った十八は、EP6に自分の気持ちを込めたのだろう。それが新たに生み出されたベアトとの結婚であり、十八が真相に至った末にヤスに捧げる物語なのだ。ベアトリーチェが死んだ事は覆せないけども新たなベアトリーチェと結婚する事で十八は自分の気持ちを偽書に込めたのだ。
・ヱリカと真里亞の魔法論争
本編中のキャンディーの魔法のシーンだが、なぜあのようなシーンが描かれたのだろうか。ヱリカが真里亞の魔法を手品で説明し、無理やり真相を暴いているが、あのシーンは六軒島の魔女伝説殺人事件とも関連してる物と思われる。例えば、ヱリカのように魔女伝説を無理やり暴き、真相は人間による黄金をめぐった殺し合いでした、と真相を暴く事がどれだけ大事なのか?という問いかけだ。そうやって真相が暴露され縁寿や死んだヤスや親族、生き残った戦人が心を痛めるよりは「魔女の仕業だった」という魔法で守る事の方が大事だという作者の問いかけだろう。ここで勘違いしてはいけないのは、あくまでも98年の現実世界の作中世界の人々が真相を暴く事についてであり、実際にゲームをプレイしてる私たちが真相に辿りつく事を否定してるものではない。この巧みな世界構造のしかけで勘違いしないようにしよう。
・結婚した時のベアトのセリフ
「あなたと一緒になりたくて生み出した物語。だからこの世界の目的は果たされました。だからこれからはあなたが紡いでください。私とあなたのこれからの物語を」
ベアトは戦人が真相に辿りつき、約束の事を思い出し、その結果戦人と恋が成立する奇跡を願ってゲーム盤を作った。その目的がEP6でついに達成された事を裏付ける部分で、非常に印象深いシーンだ。十八がヤスに真相に至った事を報告するための偽書でもあり、EP8のエピローグ部分とも関連する、ある意味うみねこの「真ED」とも言えると思う。
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このエピソードのタイトル画面の紹介文「これはもはや告白なのです」にもあるように、EP6は紗音と嘉音が同一人物だったという核心部分以外にも非常に多くの謎の伏線が隠されており、ヒントと答えの塊と言っていい。事件部分はロジックエラー時の嘉音の戦人救出の謎部分が主で、他の部分は戦人がゲームマスターとして企てていた狂言殺人がヱリカによって大部分解かれている。焦点はロジックエラーのトリック部分だけと言っていい。
事件の流れ
屋敷の客室や客間、貴賓室など6か所で夏妃、絵羽、楼座、真里亞、霧江、戦人の6人の死体が発見。部屋はマスターキー以外の物によって(チェーンなど)内部より施錠された密室だった
一同はゲストハウスに籠城する事にし、ゲストハウス2Fのイトコ部屋とその隣の部屋に分散して籠城した
部屋を調査のため抜け出したヱリカは、魔女の手紙を発見。屋敷の戦人の死体のあった客室へいく
客室はヱリカが戦人の死体発見時にした封印が保たれていて、戦人の死体は部屋から消失していた。ヱリカのロジックエラー申請により、ラムダが戦人の手を確認。入れ替わりトリックによる新しいロジックが提出される。しかし、ヱリカが自分で死体を検視していた際に、夏妃、絵羽、楼座、真里亞、霧江の5名を殺害していた事が発覚。入れ替わりトリックが成立しなくなりロジックエラーが発生
ベアトリーチェより新たなロジックの提出があり、ヱリカが謎を解けずにEP6終了
【戦人のロジックエラー密室 嘉音の戦人救出+消失】
「いとこ部屋は完全な密室が最後まで保証されています。」
「隣部屋は確かに封印されましたが、ロジックエラー時には、扉のみしかその維持が証明されませんでした。」
「封印時の隣部屋に居たのは、秀吉、譲治、熊沢、紗音、南條である。そして、隣部屋の人数は5人である。この5つの名に該当する者以外は存在しない!全ての名は、本人以外には名乗れない!!」
「戦人を救出したのは、間違いなく嘉音本人である。」
「戦人と嘉音は別人である。」
「戦人救出時、客室に入ったのは嘉音のみである。」
「認めようぞ。そなたの入室からロジックエラー時まで、客室を出入りしたのは、そなたと戦人と嘉音のみだ。」
「認めようぞ。そなた(ヱリカ)と戦人と嘉音で、3人である。」
「無論だ。3人、即ち3体が出入りした。そなたと嘉音は入ったのみ、戦人は出たのみ。」
「全ての名は本人以外に名乗れないと赤き真実ですでに語っている。よって、ヱリカ、戦人、嘉音の名はいずれも、本人にしか名乗れぬのだ。」
「救出者とは、戦人の開けたチェーンロックを、再び掛け直したもの、ということにする。戦人を救う意思があったかどうかは、問わないことにしておく。」
「復唱要求。 “私は救出者ではない”」
「当然だ!」
「復唱要求。 “出入りの定義とは、客室と外部の境界を跨いだかどうかである”」
「認めようぞ。」
「復唱要求。 “客室とは、ベッドルーム、バスルーム、クローゼット内の全てを含む”」
「認めようぞ。」
「定義確認。 客室内とは、ベッドルーム、バスルーム、クローゼット内の3区分である」
「妾もその認識でいるぞ。そしてすでにそなたは、ベッドルーム、バスルームの2区分で、誰も隠れていないことを赤き真実で確認したはずだ。」
「ゲームは、私が客室に入ったところで終ってしまったのだから、私は、自分で閉めたチェーンロックを、開けてさえいない。」
「だから、私が退出した後に、私に続いて脱出、というのは通用しない。」
「また、チェーンロック施錠は、入室と同時に行っている。」
「私が入室してから、チェーンロック施錠までの数秒間に、誰も退室は出来ないのだ。」
「客室は、戦人検死時に封印したため、私が再び訪れて封印を自ら破るまで、客室の出入りは一切不可能だ。」
「よって、私の入室時、戦人は客室内のどこかに隠れていたことは確定する。」
「戦人の脱出のチャンスは、私が封印を破った後のみ。」
「さらに限定すれば、私がバスルームにいる間しか脱出チャンスは存在しない。」
「ベッドルームに嘉音は存在しない。」
「客室に、嘉音は存在しない。………もちろん、クローゼット、ベッドルーム、バスルーム、この全てにおいてである。」
この謎こそがうみねこの最大の謎である「嘉音と紗音が同一人物」という設定を明かすための謎であり、これは嘉音と紗音が同一人物でないと成立しない。それはこのロジックエラーの密室の解法が「赤字に抵触しない解法」「雛ベアトが恋の試練を経て知った事実」「フェザリーヌの語ったベアトリーチェの心臓」「地の文で語られた『この物語最大の謎はもうすぐ明かされる』という表記」これら全ての説明になっていなければならないためだ。このため、ゲーム盤に紗音と嘉音は2体いたなどとする可能性は一切ない。1つの肉体を持つ1人の人間が複数の人格を持っていないと成立しない謎なのだ。
この謎の最大のポイントはヱリカの客室での見落としだ。EP5では死体を自ら確認せずに検視結果だけ聞いて物事を判断していたヱリカだが今回EP6でも同じ失敗をしている。ベアトとの論戦時に、バスルームからベッドルームに戻ったヱリカは、再び嘉音がベッドルームに隠れた可能性を考え、ベアトに青き真実で「嘉音はベッドルームに隠れている」と主張しベアトに「ベッドルームに嘉音は存在しない」と赤字で言われている。彼女はそれに納得し、クローゼットのみに焦点を絞るが、なぜ彼女は自分の目でベッドルームを再度確認しなかったのか。赤き真実で嘉音が存在しないと断言されて、ヱリカはその言葉の本当の意味を理解できなかった。それがヱリカの見落としであり、失敗なのだ。
トリックを明かすと、封印が破られている隣部屋の窓から紗音が脱出する。紗音は例の魔女の手紙を置き、ヱリカがそれを発見するのを見届けて嘉音に変装する。ヱリカが戦人のいる客室に向かったら廊下で待機し、戦人と入れ替わりで客室に入り、チェーンロックをかける。ヱリカがバスルームで苦戦してる間に、紗音に変装しなおし、ベッドルームに隠れる。
これが真相だ。
つまり、「嘉音は客室に存在しないが、紗音は客室に存在している」という事なのだ。最初に語ったヱリカの見落としがポイントであり、ヱリカは嘉音がベッドルームに存在しないという意味を「ベッドルームに誰も存在しない」という意味に錯覚させられた。客室に入った嘉音がその後消失するトリックを成立させるには、正にベアトリーチェのゲーム盤の心臓部分である「紗音と嘉音は同一人物」という謎を使うしかなく、この謎によりこれが確定した。
※補足
ロジックエラー密室の補足だが、最後クローゼットに嘉音の姿は無く「灰緑色の雨ガッパ」が入っていたという描写が入る。上記の「客室内で嘉音が紗音に変装しなおす」というのは、実際にはこの雨ガッパを脱ぎ、「元々着ていた紗音の服装に戻った」という事で、別にあそこで着替えを始めたという事ではない。隣部屋を脱出した紗音は、雨ガッパをすっぽりと顔までかぶり、紗音としての服装や髪形を隠し、人格だけ嘉音として切り替わった状態で戦人と入れ替わり、客室内で雨ガッパを脱いだという事だ。その変装に使った雨ガッパがクローゼットに残ったままになってしまったのだろう。そして、もう一つ補足だが、「無論だ。3人、即ち3体が出入りした。そなたと嘉音は入ったのみ、戦人は出たのみ。」こういった嘉音が客室に入ったと表記される部分で、なぜ嘉音だけが入ったと表記され、同じ肉体を使っている紗音やベアトの名前が除外されるのかといった部分の理由は「全ての名は本人以外には名乗れない」という赤字があるのが理由だ。嘉音にとって紗音は人格として別人なのであって、人格目線で見た場合嘉音は紗音ではないのだ。そのためこの赤字に抵触するので、嘉音が肉体を使っている時は、自分の事を紗音と名乗る事はできない。もちろん紗音が肉体を使う場合は可能だ。この「本人」の考え方がどこに適用されているのかという部分が非常に重要だ。
・紗音と嘉音
EP6はヱリカが探偵では無い訳だが、一応ヱリカの前には今回も紗音と嘉音は同時に現れていない。つまりEP1~6において、紗音と嘉音は主観が保障されている探偵の前には同時に現れていない。これが「紗音と嘉音は1人の人間の肉体を共有している人格同士」というトリックを成立させる前提条件でもあり、探偵の前に同時に現れ同一人物トリックが破綻するというケースは1度もなかったのが分かる。以前にも語ったが変装によって一人の人間が紗音と嘉音を演じているという設定がそもそも通用するのか?なぜ誰も見破れないのか?長年右代宮家に勤めてて誤魔化せるわけがない、といった部分の疑問については、そもそもこのEP1~6の物語は98年の世界に存在しているワインボトルのノート片と八城十八による偽書であり、文字で記された物語の設定でしかないという解釈で成立する。これは読み物の世界での同一人物トリックであり、現実世界ではないのだ。
・本編中の人格に関連する伏線
「私たちにとって、人格が人そのものならば、例え同じ肉体を共有していても、異なる人格を指して別人であると言い切れるだろう」
ではその他の重要な部分を考察していこう
【古戸ヱリカの自己紹介】
「初めまして、こんにちは!探偵ッ、古戸ヱリカと申します!!招かれざる客人ですが、どうか歓迎を!!」
「我こそは来訪者ッ、六軒島の18人目の人間ッ!!!」
「…………申し訳ないが、」 「そなたを迎えても、」
「「17人だ。」」
さて、今回で同一人物トリックも明かされたという事で、赤字による在島人数のトリックについてもここで新たな赤字が出た。これは単純に肉体でのカウントのしかたと、人格でのカウントのしかたの違いを説明するためだけの物ではなく、EP3で詳細に説明した「なぜヤスのベアト人格が赤字に含まれていないのか」という疑問も明かすためのものでもある。
ヱリカの言い回しに違和感を持つと思うが、ヱリカは人間の探偵として物語に出てくるが、同時にベルンカステルの駒である魔女でもある。つまりこのような言い回しをしないと18人目の「人間」としてカウントできないのだ。この時仮にヱリカが「真実の魔女、古戸ヱリカと申します」と言ったならば、「18人目の人間」とは赤字で語れないのだ。そういう意味合いの含まれた赤字であり、人格を1人としてカウントする場合、金蔵を差し引いた17人(紗音と嘉音は2人、ベアト人格は魔女なので加算されず)にヱリカを足して18人の人間。肉体でカウントする場合、金蔵を差し引いた17人からさらに紗音と嘉音を1人としてカウントし16人、これにヱリカを足して17人となる。
・98年世界の世界構造
EP4時にEP4の98年世界は幾子による偽書の世界であり、現実を元にした架空の話と書いたが、このあたりの設定のヒントがEP6では大量に出てくる。まずEP4の六軒島に行った縁寿の冒険を記した98年世界。そしてEP6の六軒島に行く前に、出版社を通して幾子とコンタクトが取れた縁寿の98年世界。そして、EP8のビルから飛び降りずに作家になった縁寿の98年世界。大きく分けてこの3つの98年世界があるわけだが、EP4とEP8の98年世界は特に「ビルを飛び降りた縁寿」と「ビルを飛び降りなかった縁寿」に分かれておりどっちかは確実に架空の話である。EP4とEP6も同様に、「幾子に会えなかった縁寿」と「幾子に会えてEP6の偽書を読ませてもらった縁寿」に分かれていて、ここも矛盾がある。
ポイント1 天草に対する縁寿の認識
98年世界を考察するポイントの1つがこれで、EP8の作家になった縁寿は小此木社長に見送られる時に天草に会っているが、この時に天草の事はちょっと知ってる程度であると説明されている。あの縁寿は天草とほとんど初対面のような物であり、EP4とEP6のように密接な繋がりがあるわけではない。つまりEP4とEP6は現実の世界を元にして幾子が書いた偽書の中の98年世界だと考えられる。ちなみにEP6の終わりに天草と小此木が密談してる様子が描かれていて、1ページ目へ
EP4の六軒島で縁寿を殺す可能性の話をしている。EP4はエンドロールに縁寿が1998年に死亡と書かれているので、天草に殺されてしまった物と思われる。
ポイント2
EP6で幾子によってEP3~6が彼女の偽書であると明かされている。「Banquest」「Alliance」「End」は縁寿がネットで読んだと言っておりEP6の「Dawn」も読まされている。そして黄金のブローチが登場するエピソードも彼女の作であるようなセリフもあり、EP2は大月教授のいう「事件前日から始まり、18人全員死亡で終わる話」ではないので幾子の偽書であると言える。EP6内で縁寿は自分の事を「名前を明かしたルール違反で死んだはず」と言っており、また「また、あんたの偽書に私が登場するの?今度はマシな殺し方を頼むわ」と語ってるのでEP4は偽書の世界、EP6はEP4の途中で「幾子に会えた可能性世界」を描いた偽書の世界であると言えるだろう。
ポイント3
このように様々な可能性の縁寿の世界が偽書として描かれており、その部分に関連する幾子のセリフと縁寿の主観描写もかなり重要だ。本編から抜粋する。
(幾子のセリフ)「あなたとこれで二度と会わないだろうけど、いつかどこかで、別のあなたに会える幸運を祈っています」
(縁寿の主観描写)「彼女とはもう2度と会わないだろう。しかし、それは“私”は会わないという意味で、他の私たちは会う事があるかもしれない」
幾子が98年世界の縁寿を偽書に登場させ物語を紡いでいる事の伏線部分だ。幾子は六軒島の物語と実際には会っていない縁寿の事を偽書で描写し、恐らくは、現実世界の縁寿に何かを伝えようとしてるのではないのか?と推測できる。おそらく、その部分の伏線であろう幾子のセリフがあるので抜粋する。
「私という存在など、あなたという真の継承者を覚醒させるための、ただの道しるべにすぎないのだから。エンジェ・ベアトリーチェ」
つまり、実際には会った事がない縁寿を幾子が偽書の中に登場させたのは、六軒島の事件以来1人で寂しく孤独に生きている縁寿に対してEP8のあの98年世界の縁寿のように、白い魔法を理解した人物になってほしいという願いが込められた物だと思われる。この時点で戦人の記憶を持った十八は縁寿に会うつもりはなかったのだと思われる。だから、妹のためにせめて偽書を通してメッセージを送っていたのだろう。
【世界構造の考察のポイント】
世界構造に関する考察は、うみねこの考察の中でも多くの人が悩んでる部分だが、一番良いと思うのは「作家になった縁寿は、一体何がキッカケで一族や家族が死んだ過去を乗り越えたのか?」という疑問の答えを見つける事だと個人的には思う。最終的に私は偽書説を最終結論としたが、各説のポイントや矛盾点を説明したい。
1.偽書説
これは私が最終結論として採用した説で、作家になった縁寿は偽書の兄のメッセージを読むことで心の整理を付けたとする考え方だ。つまり、現実世界は作家になった縁寿のいる世界だけであり、EP4やEP6、そしてEP8の手品EDは偽書の世界だとする考え方だ。これはミステリーとして破綻しない考え方であると同時に、十八が偽書を書いていた理由の一つとして「孤独に暮らしている縁寿にメッセージを伝えるため」という動機付けもできて、うみねこ全体としても現実世界と、その現実世界に存在している偽書という関係性がうみねこの各EPの存在意義を上手く説明できる。
2.パラレルワールド説
これはうみねこの世界に存在する現実世界のEP4、EP6、EP8の手品ED、魔法EDがそれぞれパラレルワールドであるという考え方だ。この説を考察でよく見る人も多いと思う。これを考える時も同様に「作家縁寿はどうやって心の整理を付けたのか」を主体として考える。各EPの現実世界がパラレルワールドだとすると、EP4の六軒島に行った縁寿が学んだ真里亞の魔法の思想は違う世界線の作家縁寿には何の関係もない事になる。EP6の縁寿に関しても「幾子に会えたEP6の縁寿」と「作家になるまで幾子に会えなかった魔法EDの縁寿」というふうに、パラレルワールドとしては説明がついたとしても、「縁寿が気持ちの整理を付けたキッカケ」の説明ができない。異なる世界線の縁寿の記憶は共有されている、などと言い出したら、それはもうミステリーではなくファンタジーなので、それは採用できない。さらに、パラレルワールドで作家縁寿が幾子の偽書を読んでいたと考えた場合でも、今度は「なぜ幾子は違う世界線の話と全く同じ話をさも見てきたかのように書けるのか」という問題が発生する。もうこの時点でミステリーとして解釈できないので、パラレルワールド説は問題が多すぎて採用できなかった。
3.ファンタジー説
いわゆる、作家縁寿はゲーム盤に登場した縁寿と同一人物という考え方だ。この場合縁寿の気持ちの整理に関する説明はつくが、この場合世界構造の解釈として、「作家縁寿のいる世界も偽書の世界である」もしくは「タイムマシンに乗って86年世界に行って戻って来た」という解釈になる。タイムマシンに関する馬鹿馬鹿しさはとりあえず置いておいて、この場合でも明確に矛盾する部分が実は存在する。それは魔法EDの黄金郷に18歳の縁寿がいる矛盾である。「作家縁寿のいる世界も偽書の世界である」と考えた場合、作家縁寿自体が偽書の縁寿という考え方になるが、そもそも黄金郷とは死後の世界の概念なので、人格死であれ、肉体死であれ、概念として死んでいないと行く事はできない。では何故、黄金郷に縁寿がいるのか?という疑問が当然発生する。作家縁寿はどう見ても死んでいない。うみねこの物語で唯一死亡と断言されたのはEP4の縁寿だ。黄金郷は幻想住人が一緒にいるので、黄金郷の死んだ縁寿のいる世界は偽書世界だといえる。つまり、あのシーンに「作家になった縁寿」と「偽書世界で死亡した縁寿」という別人の2人の縁寿が描かれた事になり、「作家縁寿が偽書の世界を旅してきた縁寿」という考えが成立しないのだ。偽書世界の縁寿は黄金郷にいる方の縁寿であって、作家になった縁寿ではない。
つまり総合的に考えて筋が1本キッチリと通る考え方は偽書説しかないのである。
・ヱリカの自己紹介の赤字の解釈
「初めまして、こんにちは!探偵ッ、古戸ヱリカと申します!!招かれざる客人ですが、どうか歓迎を!!」この赤字の前半部分の、「初めまして、こんにちは!」の部分と「探偵ッ、古戸ヱリカと申します!!」の部分だが、この部分を読んでいて違和感を持った人は多いのではないかと思う。まず、誰に対して初めましてなのか?という疑問が1つ目。ヱリカは殺人を犯しているのだから、探偵を名乗れないはずなのでは?という点が2つ目だ。まず、誰に対して初めましてなのかという部分だが、世界構造に関する説明を終えた今なら、ある程度の推測が出来る。あの時点であの場にいる人物の中でヱリカと初対面の人物など存在しない。EP6は冒頭で触れたタイトル画面の紹介文にもあるように、答えそのものが書かれてしまっていると言っていい。なぜEP6だけ、上層に幾子と朗読者である縁寿が描かれているのか。なぜこのような構造で話が語られるのか。それは、その構造自体がうみねこの答えそのものだからである。紗音と嘉音の変装が何故バレないのか?という疑問の答えも、この「原稿を読ませてもらっている縁寿」という視点で読めば、縁寿が単に文章を読まされてるだけという部分から、「現実世界ではなく、物語世界だから」という発想に結び付く。ヱリカの自己紹介もその発想によって、幾子が原稿を書く時に、読んでくれる読者に対してヱリカに自己紹介させたと考えれば、誰に対して初めましてと言ったのか分かるだろう。これはうみねこの世界構造を考える際に「偽書世界と、その読み物としての偽書が実際に存在する現実世界という『対比構造』で物語を読まないといけませんよ」という事なのだ。この発想はEP8の物語を読む時も非常に大事になる。誰に向かって語られている物語なのか?をEP8は意識して読まなければならない。ヱリカが探偵を名乗った部分については、ロジックエラー密室の時の赤字にヒントがある。
「ゲームは、私が客室に入ったところで終ってしまったのだから、私は、自分で閉めたチェーンロックを、開けてさえいない。」
ヱリカが探偵宣言を出せないゲーム盤は、ロジックエラーを戦人が出した中盤の展開の時に終わってしまってるのだ。最後の赤字の場面はもうゲーム盤の外だという事になる。だから、ヱリカは探偵を名乗れたと考えるとスッキリする。
・地の文
うみねこという作品は地の文で嘘の描写がされる作品だが、その部分の設定の説明がされている。EP6で「Dawn」を縁寿が語り手として物語を朗読しており、「物語の語り手が神の視点」ではなく、私見の入る人間だと明かされている。これがうみねこが地の文で嘘を付く理由であり、各EPが作中作である理由でもある。
・縁寿について
幾子に会った時に「98年世界では縁寿の事はワイドショーで色々報道されてる」と説明されている。右代宮グループの遺産を継いだ事による物だろう。実際の現実の98年世界での幾子は縁寿には作家になるまで会っていないが、このようにワイドショーやら、その他の手段などを使って縁寿の情報を得る事は可能だったようだ。
・赤字について
うみねこの世界で出てくる真実を保障する「赤字」とはそもそも何なのか。本編での幾子のセリフを抜粋する。
「おや、赤インク以外で書いた文字は全て読むに値しないとまで言い切る御仁も多いというのに。光栄なるかな人の子よ。黒い文字も読んでくれて」
つまり幾子の書く偽書自体に赤字があるという事で、赤字とは作者である幾子が真実だと保証して記すものだと思われる。十八のプロットを元に偽書を書くときに、幾子が真実だと保証した物を赤字で記していると思われる。
・雛ベアトと姉ベアトの意味
姉ベアトとは六軒島でヤスが魔女として作った人格であり、悪食島の伝説の設定も受けついだ人格だ。雛ベアトというのは6年前にヤスが戦人に聞いた「戦人の理想の女性像」を反映させたものであり、ヤスの紗音人格と戦人との恋心を、戦人の約束破りの辛さ故にベアトに託した物だ。元々の魔女人格と戦人の理想女性像とヤスの戦人への恋心を融合させて、黄金の魔女ベアトリーチェが生まれた。雛ベアトが戦人を愛するように行動しているのは、ヤスがベアト人格にそう命じた事の比喩だと思われる。雛ベアトが夏妃の殺人の時に霊鏡を苦手としていたのは、元々のヤスが自分のみすぼらしい姿を鏡で直視したくない事の反映だと思われる。いくら人格で理想像を作ろうが、その魔法は鏡を見た瞬間に解けてしまうのだ。
・「あのベアトリーチェが蘇ることは、二度とない。」
EP6で出たこの赤字は非常に重要で、EP5でベアトは戦人が真相に至ってくれる事をあきらめ死んでいる。新たに生み出されたEP6のベアトはゲーム盤から生み出した新しいベアトであり、正確にはEP5のベアトが復活した訳ではないのだ。このEP6の意味合いは現実世界での八城十八の気持ちが大きく反映されていて、EP5の時に説明したように、十八はヤスの真相に至るのが遅かった。恐らくは記憶を失ってからワインボトルのノート片を読んで真相に至ったものと思われ、偽書の中にEP5で死んだベアトをそのまま復活させる事は、十八の心が許さなかったと思われる。しかし、遅くなったとはいえ、真相に至りヤスの気持ちを知った十八は、EP6に自分の気持ちを込めたのだろう。それが新たに生み出されたベアトとの結婚であり、十八が真相に至った末にヤスに捧げる物語なのだ。ベアトリーチェが死んだ事は覆せないけども新たなベアトリーチェと結婚する事で十八は自分の気持ちを偽書に込めたのだ。
・ヱリカと真里亞の魔法論争
本編中のキャンディーの魔法のシーンだが、なぜあのようなシーンが描かれたのだろうか。ヱリカが真里亞の魔法を手品で説明し、無理やり真相を暴いているが、あのシーンは六軒島の魔女伝説殺人事件とも関連してる物と思われる。例えば、ヱリカのように魔女伝説を無理やり暴き、真相は人間による黄金をめぐった殺し合いでした、と真相を暴く事がどれだけ大事なのか?という問いかけだ。そうやって真相が暴露され縁寿や死んだヤスや親族、生き残った戦人が心を痛めるよりは「魔女の仕業だった」という魔法で守る事の方が大事だという作者の問いかけだろう。ここで勘違いしてはいけないのは、あくまでも98年の現実世界の作中世界の人々が真相を暴く事についてであり、実際にゲームをプレイしてる私たちが真相に辿りつく事を否定してるものではない。この巧みな世界構造のしかけで勘違いしないようにしよう。
・結婚した時のベアトのセリフ
「あなたと一緒になりたくて生み出した物語。だからこの世界の目的は果たされました。だからこれからはあなたが紡いでください。私とあなたのこれからの物語を」
ベアトは戦人が真相に辿りつき、約束の事を思い出し、その結果戦人と恋が成立する奇跡を願ってゲーム盤を作った。その目的がEP6でついに達成された事を裏付ける部分で、非常に印象深いシーンだ。十八がヤスに真相に至った事を報告するための偽書でもあり、EP8のエピローグ部分とも関連する、ある意味うみねこの「真ED」とも言えると思う。
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